教官は魔法が使えない

 学園の授業は大きく分けて三種類存在する。

 一つ目は修練場を使った、実戦形式での訓練。教官が手解きをすることもあれば、学園が管理している魔物と戦うこともある。

 命を落とす可能性もある危険な授業だ。

 二つ目は戦略学。

 様々な魔物の特徴と対応策、そしてチームでの連携について学ぶことができる。

 ペンと紙を使った授業のため、学園内では最も安全な授業だ。

 最後に魔法学。

 魔法は身体能力で魔物に劣る人類が、唯一対等に渡り合える手段だ。

 そのため学園は、この魔法学に莫大な資金を投じており、学生たちも意欲的に取り組んでいる。

 もしふざけた授業を行おうものなら、学生たちからの非難は免れないだろう。

 例えば、

「――というわけで、この時間は自習にします」

「「「「はあ!?」」」」

 昼休み明けの授業開始直後に自習宣言をしようものなら、学生たちが怒り狂っても仕方ない。

「あなた、ふざけてるの?」

 他の学生たちの気持ちを代弁するように、アルティがカインに訊ねる。

「ふざけていません。僕は至って真面目です」

「へえ、そうなの。つまり、あなたは真面目に自習なんてふざけたことを言ってるのね?」

 怒りと共に、アルティは剣を抜く。このままなら数秒後にはカインに斬りかかるだろう。

「ちょっとだけ見直してたのに残念だわ!」

「落ち着いてください。僕だって好きで自習にしているわけじゃありません」

「ならどうして自習なんかにするのよ?」

「それは……」

 アルティの問いに、カインは一瞬だけ表情を暗いものに変えたが、アルティは気付かない。

「実は僕……魔法が使えないんです」

「……はあ?」

 アルティのすっとんきょうな声が教室内に響き渡った。




「どういうことですか、学園長!?」

 半ば叫ぶような声音で、アルティはエヴァに詰め寄る。

「落ち着きたまえ、アルティ君。一体どうしたんだ?」

 本来なら学生は授業をしている時間帯。にも関わらずノックもなしに学園長室に入ってきたアルティに、エヴァは多少面食らった様子だ。

「彼が魔法を使えないというのは本当ですか!?」

「彼? ……ああ、カインのことか。確かにカインは魔法が使えないが、何か問題でもあったかい?」

「大ありです! ここは魔物と戦う力を付けるための場所ですよ! 魔法も使えないような人間が来ていい場所じゃありません! 現に、この学園の入学条件には中級以上の魔法が使えることも含まれていたはずです!」

 捲し立てるように言葉を続けるアルティ。

 しかしエヴァに動じた様子は見受けられない。

「それはあくまで学生の場合の話だ。彼は私が教官として雇った。教官である以上、学生の条件は彼には当てはまらないよ」

「ですが教える立場の者が魔法を使えないのでは……」

「その分、彼には実戦形式の訓練で頑張ってもらうよ」

 エヴァはアルティの言葉に聞く耳を持たない。魔法が使えないことを理由にカインを解雇するつもりはないようだ。

「ですが、彼は魔法が使えないことを理由に魔法学の時間を自習にするといったんですよ?」

 だが、それでもまだアルティは諦めきれず食い下がる。

「別にいいんじゃないか。元々魔法なんてのは、人によって感覚が違う。他人に教わるよりも自分で学んだ方が身に付く。もし分からないことがあれば私のところに聞きに来ればいい。そのくらいの責任は果たそう」

 エヴァの提案は魅力的なものだ。なぜなら、国内でも最高クラスの魔法使いであるエヴァから魔法の手解きを受ける機会を得られたのだから。

「……彼には随分と甘いですね」

 だが、結局カインが魔法を使えないことに関しては何も解決していない。

 アルティはそれが納得いかないらしく、口を尖らせている。

「一応私の弟子だからね。師匠は弟子には甘いものさ」

「そうですか……」

 アルティは魔法学の自習を撤回することができず、肩を落としながら教室に戻る。

 ――結局その日の授業は自習になり、Aクラスの生徒たちは不満ながらも各々で魔法を学ぶのだった。

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