初めての食堂

「ふむ。これはどうすればいいのでしょうか……」

 現在カインは、学園が運営する食堂の出入口前に立っていた。

 もう十分近くもこの状態だ。食堂を出入りする学生たちがチラチラとカインの様子を盗み見るが、声をかけることはせず通り過ぎて行く。

 別に学生たちも人でなしというわけではない。普段の彼らなら、困っている人々には手を差し伸べるだろう。

 人々を守るために魔物と戦うための学園に入るような者たちだ。大半はお人好しと呼んでも差し支えない。

 そんな彼らがカインに話しかけないのは、先程のアルティとの模擬戦が原因だ。

 この場にいる者の大半は、アルティとカインの戦いを直接目にしたわけではない。

 しかし、噂は流れてしまう。

 まだ一時間程度しか経過していないが、狭い学園内では噂が広まるのは早い。

 しかも様々な人に伝わる過程で色々と尾ひれが付き、現在は『模擬戦と称して女生徒をタコ殴りにした』などという不名誉極まりない噂となっている。

 そんな噂の根元である者に話しかけるような物好きはいない。しかし、

「何してるのよ、あなた?」

 噂の当事者である女生徒ならば、話は別だ。

「アルティさんですか……食堂で昼食を取ろうと思ったのですが、使い方が分からなくて……」

「へえ、あんなに強かったのに食堂の使い方も分からないのね?」

「……何か問題でもありますか?」

「別に?」

 先程の模擬戦のお返しと言わんばかりに、アルティはニヤニヤと意地悪な笑みを浮かべる。

「それなら私が教えてあげるよ、カイン君」

 優しげな声音で、ミリィはカインに声をかける。

「ちょっ、ミリィ!?」

 親友の突然の申し出に、アルティは驚嘆する。

「何考えてるのよミリィ! 私たちがこいつにそんなことをしてやる義理はないでしょう!?」

「でもカイン君は困ってるみたいだし、このまま放置するのは可哀想だよ」

「それはそうだけど……」

「ねえカイン君。食堂の使い方を教えてあげるから、私たちと一緒に食べない?」

「そんなことでいいなら、僕は構いませんよ」

 カインに断る理由があるはずもなく、首を縦に振る。

「アルティもいいよね? これから一緒にやっていくわけだし、親睦は深めておくべきだと思うよ?」

「もう好きにして……」

 アルティはうなだれながら、そう呟くのだった。



 食堂内には白いクロスのかけられた縦長のテーブルが数列並んでおり、授業を終えた学生たちが賑わいを見せていた。

「ちょっと出遅れちゃったね」

 ミリィの視線の先には学生たちが作り出した長蛇の列。

 時間的にも食堂は最も忙しい頃合いだろう。

「ここで突っ立ってるのも何だし、とりあえず並びましょう」

「そうだね」

 三人は列の最後尾に向かう。

 そこから十数分ほど待って、ようやく厨房カウンターに辿り着く。

「カイン君、注文はここでするんだよ。メニューはカウンターの上にあるから、覚えておいてね?」

「このカウンターですね。分かりました」

 カインは約束通りミリィから食堂の使い方を教わる。

「二人共早く決めなさいよ」

 先に注文を済ませたアルティが、二人を急かす。

「ちょっと待ってよ、アルティ」

 アルティに言われて、ミリィはカウンターのコックの方に向き直り、メニューを読み上げる。

「私は日替わりAランチでお願いします。カイン君はどうする?」

「僕は……」

 注文するためにメニューを見ようとしたカインだが、そこで重大な問題に気付いた。

「メニューが見えません」

「え……?」

「だからメニューが見えないんですよ」

 カインの身長は目線の高さがカウンターと丁度同じくらい。カウンターに乗っているメニューを見ることは困難だろう。

「ぷ……ッ」

「何か?」

 思わず吹いてしまったアルティにカインは鋭い視線を向ける。

「うーんどうしよう……そうだ!」

 アルティとカインのやり取りを他所に、真剣に悩んでいたミリィだったが、何事か思いついたようだ。

「カイン君、ちょっとごめんね」

 そう言ってミリィはカインの背後に回り込むと、そのままカインの腰に両腕を回し抱き上げる。

「ほら、これならメニューが見えるよね?」

「はい。これならよく見えます」

 擬似的にとはいえ、視線が高くなったことにカインは少し興奮気味。

 ミリィはミリィでそんなカインの様子を微笑ましそうに眺めている。

「はあ……」

 そのため、二人はアルティの呆れたような溜め息にも、周囲の何とも言えない視線にも気付くことはなかった。




「……美味しそうですね」

 注文した食事を受け取り、三人は適当な席に腰かけた。アルティとミリィが並んで座り、対面にはカインがいる。

「ここの食事はどれも美味しいよ」

「そうですか。それでは早速いただきましょう」

 カインは手に取ったスプーンでスープを掬い、口に運ぶ。

「……確かに美味しいですね」

「でしょう? こっちも美味しいから食べてみてよ。はい、あーん」

 言って、ミリィは皿の上の鶏肉をフォークで突き刺し、カインの方に向ける。

「ミリィ、お行儀が悪いわよ」

「そんな固いこと言わないでよ、アルティ」

 アルティがミリィの行儀の悪さをたしなめるが、やめるつもりはないようだ。

「ほらカイン君。あーん」

「では遠慮なく」

 特に抵抗することもなく、カインはミリィのあーんを受け入れる。

「どう? 美味しい?」

「はい。とても美味しいです」

「それなら良かった」

 カインの感想にミリィは笑みをこぼす。

「もう一口どうかな?」

「いただきます」

 まるでイチャついているカップルのような光景。

 周囲の視線が痛いが、二人はそんなのお構い無しだ。

「はあ……」

 そんな二人に、アルティは軽く目眩を覚えながら食事を進めるのだった。




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