模擬戦

ユーリス学園には、三つの修練場が存在する。三つの修練場はそれぞれが大きな特徴を持っている。

 その中でも、エヴァが指定した第三修練場は頑丈さにおいて、他二つの修練場を大きく上回っており、模擬戦をするのに最適な場所だ。

 円形に作られた第三修練場。天井部は開けており、差し込む光が修練場内部を照らす。

 その中央にはエヴァ、アルティ、カインの三人がいるのみ。

 残りの学生は修練場の端で三人の様子を見守っている。

「それでは双方、準備はできたかな?」

「待ってください、学園長」

「何かな?」

「彼は武器を持っていません」

 アルティはすでに鞘から剣を抜き構えてるのに対して、カインは手に何も持っていない。

 とてもではないが、これから模擬戦をする人間には見えない。

「……だそうだが?」

「僕に武器は必要ありません」

 あっさりと告げられた言葉。カイン自身は特に悪意をもって口にしたわけではない。しかし、

「バカにして……!」

 アルティには侮辱の言葉にしか聞こえなかったようだ。

「さてと。そろそろルールの説明をしようか」

 二人のやり取りを見守り、審判役のエヴァが説明を始める。

「ルールは簡単だ。相手を戦闘不能、もしくは参ったと言わせればいい。もちろん、殺しは無しだ」

 エヴァの説明したルールは、学園でも広く知られているものだ。

「何か質問は?」

「「ありません」」

 二人の声が被る。カインは気にした様子はないが、アルティは露骨に顔をしかめた。

「ならば始めるとしようか」

 エヴァの言葉で気を引き締めるアルティ。彼女の顔には熱い闘争心ありありと見て取れる。

「その舐めた態度、絶対に後悔させてあげる!」

 十メートルほど距離を開けて対面するカインが構えないことが、更に闘争心を煽っている。

「それでは双方、全力を尽くすように。――始め!」

 エヴァの開始の合図と共に、アルティは地を蹴る。

 先手必勝と言わんばかりの動きでカインに迫る。

 あっさりとカインを射程圏内に収め、そのまま剣を振るう。

 ――決まった!

 勝利を確信しながら振るわれた剣。

 しかしその剣は、虚しく空を切るのみだった。

「…………ッ!」

 カインが横に飛び退き回避したのだ。

 だがカインの行動は、アルティにとって想定の範囲内。

 アルティはすぐさま距離を詰め、追撃する。

「はああああああああ!」

 裂帛の気合いと共に、剣がカインを襲う。

 縦横無尽に振るわれる刃。

 カインはその全てを軽やかな動きで躱す。

「く……ッ!」

 一向に攻め切れない。

 その事実に、アルティは歯噛みする。

「それなら……!」

 一旦攻撃の手を止め、アルティはカインと距離を取る。

「…………」

 一方のカインは追うことなく、視線だけをアルティに向ける。

 アルティはカインに開いた掌を向け、

「喰らいなさい【ライトニング・ショット】!」

 アルティの言葉と共に、一筋の雷がカインめがけて放たれた。

「…………!」

 カインは咄嗟に屈むことで雷をやり過ごす。

「へえ、今のも避けるのね。なかなかやるじゃない」

 アルティがカインに送る初めての賛辞の言葉。しかしカインは顔色を変えることなく、口を開く。

「今のは魔法ですね?」

 魔法――魔力と呼ばれるエネルギーを消費することによって行使される神秘の力。

 今アルティが使ったような雷を操る他にも、傷付いた人間を癒したり身体能力を強化するなど、利用方法は多岐に渡る。

「別に魔法を使っちゃいけない、なんてルールはなかったわよね?」

 アルティは挑発的な笑みを浮かべる。

「そうですね、特に問題はありません」

「……いつまでそんな余裕の態度でいられるかしら? 【ライトニング・ショット】!」

 先程と同様の雷撃が三つ。

 アルティが振るった剣以上の速度で迫る。

 しかし先程とは違い、カインは余裕を持って回避する。

「嘘!?」

 同じ攻撃が三倍になって襲いかかったにも関わらずなぜ避けられたのか、アルティには理解できない。

 だが、実際のところ理由は単純だ。

 最初の魔法は、カインの頭から魔法のことが抜けていたからこそのもの。

 今のカインは魔法による攻撃も込みで行動しているので、最初と違い魔法を当てることは困難になっている。

「まだよ!」

 アルティは魔法を放ちながら距離を詰める。

 魔法だけでも剣だけでも勝負にならない。

 そう判断したアルティは、二つを同時に駆使するという策に出る。

 右手で剣。左手で魔法。二つの脅威が迫る。

 しかし、それすらもカインの前では虚しく空を切るのみ。

「無駄ですよ。あなたの攻撃が僕に当たることはありません」

 攻撃を躱しながら、カインはアルティに淡々と事実を告げる。

 だがアルティは折れることなく、むしろ好戦的な笑みを浮かべる。

「それはどうかしら?」

「……? どういう――」

 言いかけて、背中に何かが当たる感覚を覚えた。

 振り返ると、背後には無機質な壁が広がっている。

 気付かぬ内に修練場の中央から壁際まで追いやられたようだ。

「隙あり!」

 一瞬背後の壁に気を取られたカイン。

 アルティはその隙を逃すことなく全力の一撃を振り下ろす。

 回避不可の必中のタイミング。流石ののカインも逃れることはできない。


「――仕方ありません」


 だからカインは

「な……!」

 次の瞬間アルティの渾身の一撃は、カイン右手一本で軽々と受け止められていた。

 すぐに距離を取ろうと剣を引くが、びくともしない。

「……もう降参してくれませんか?」

「何ですって?」

「これ以上は戦っても無駄です。あなたも実力の差ぐらいは分かりますよね?」

「…………ッ!」

 カインの言葉に怒りを覚えながらも、アルティは何も言い返せない。

 何度も攻撃を避けられた挙げ句、全力の一撃は片手で止められてしまった。

 力の差など嫌でも分かってしまう。だが、

「私は絶体に降参なんてしないわ! 勝ちたいのなら、私を戦闘不能にすることね!」

 外見を裏切らない強気の性格が、ここに来て災いする。

「本当は穏便に済ませたかったのですが……仕方ありません」

 言って、カインは掴んでいた剣から手を離す。

 剣が自由になったアルティは、急いで後方に下がる。

 カインは距離を取ったアルティに言葉を投げる。

「一つだけいいですか?」

「何よ?」

「――死なないでくださいね?」

 瞬間、カインの姿が視界から消えたかと思えば、いつの間にか懐に潜り込んでいた。

 咄嗟に剣を盾のように構える。

 アルティにできたのはそれだけ。

 カインは剣などお構い無しに、右の拳をアルティめがけて振り抜いた。

「が……ッ!」

 カインの一撃を受け、アルティは地面を何度もバウンドしながら、弾丸の如し速度でカインとは反対の壁に激突した。


 




 






 

 

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