教官は十三歳その3
「はあ……」
「どうしたの、アルティ?」
どこか疲労を感じさせる様子で、溜め息を吐いたアルティ。
そんな彼女を心配して声をかけたのは、親友であるミリィ=フォンデットだった。
ハチミツ色のショートボブ、アルティとは対照的な柔らかな眼差しからは、ミリィの優しい心根が窺える。
「何でもない……ただ嫌な子供に会っただけ」
「それは何でもないとは言わないんじゃないかな……」
ミリィは苦笑混じりに呟いた。
現在二人がいるのは、学園内で自身が所属しているAクラス。
あと数分後には講義を始めるであろう時間帯になる。
そのため、教室内にはクラスメート全員が揃っており、他愛ない雑談をしていた。
「でも、アルティを怒らせるなんて、どんな子供なんだったの?」
単純な好奇心から、ミリィはアルティに訊ねる。
「無愛想で生意気で礼儀を知らないクソガキよ!」
「アルティ、仮にも貴族のお嬢様が『クソガキ』なんて言葉遣いはどうかと思うけど……」
予想よりも過激なアルティの言葉に面食らいつつも、ミリィはアルティの言葉遣いに苦言を呈する。
「うぐ……ごめん」
ミリィにたしなめられ、アルティは肩をおとす。
「それにしても遅いね、新しい教官」
「そうね。そろそろ来てもいい時間よね」
彼女たちのいるAクラスは、二週間ほど前に担当の教官がやめてしまい、それ以降は教官不在のため、自習となっていた。
しかし先日、遂に新しい教官が来ることが学園長であるエヴァから直々に告げられた。
『今度新しい教官を連れてくる。かなりの実力者なので、皆期待して待っていてくれ』
学園の生徒ならば誰もが尊敬するであろうエヴァのお墨付き。
これによって、Aクラスの生徒たちの新教官への期待はかなり高まっている。
「もしかして初日から遅刻? だとしたら弛んでいるわ!」
だが他人を色眼鏡で見ることのないアルティは、すでにまだ見ぬ教官に憤慨している。
「ま、まあまあ落ち着いて、アルティ?」
などと他愛ないやり取りをしていると、教室のドアが開いた。
教室内の全員が、新教官が来たと思い、ドアの方に視線を向ける。
「やあこんにちは諸君! 元気にしてたかな!?」
しかし実際に入ってきたのは、肩の辺りで切り揃えられた翡翠色の髪と瞳、人を惑わす魔性の美しさを秘めた顔の女性――エヴァ=クリスティだった。
予想していたのとは違う人物が来たことで、生徒たちの間にどよめきが生まれた。
しかし、そんなどよめきの中、アルティは席から立ち上がり口を開く。
「あの、どうして学園長がここに?」
アルティの問いは、新教官が来ると思っていた学生たちの気持ちを代弁したものだった。
「暇だったからだよ」
「え……?」
対してエヴァは軽い調子で答え、アルティは目を丸くした。
「冗談だよ。君は可愛い反応をするね、アルティ君」
アルティの反応に、エヴァはクスクスと笑い声を漏らす。
「学園長……」
「悪い悪い。からかうつもりはなかったんだよ。許してくれ」
ジト目を向けるアルティに軽く謝罪しながら、エヴァは教壇に立つ。
「私がここに来たのは、君たちの新しい教官を紹介するためだよ。――入ってきたまえ」
エヴァの声に促されて、一人の少年――カインが教室に足を踏み入れた。
「あ、あいつ!」
先ほどまで自分をイラつかせていた原因である少年の登場に、アルティは目を剥いた。
「どうしたの、アルティ? もしかして、あの子はアルティの知り合い?」
「違うわよ! 私があんな奴の知り合いなわけないでしょ!」
怒り混じりの声で即座に否定するアルティ。並みの男なら、一晩中枕を涙で濡らすほどのショックを受けるだろう。
「ならどういう関係?」
しかし、親友であるミリィは動じることなく、なぜかミリィは目をキラキラと輝かせながらアルティに訊ねる。
「先に言っておくけど、ミリィが普段読んでる年下の男の子をどうこうする系の本みたいなことはないからね?」
「そうなの? 残念だなあ……」
「もう、ミリィってば……」
ガックリと肩を落とすショタコンミリィと、それを見て呆れるアルティ。
「でもあの子、とても素直で可愛い感じがしない? 後でご飯に誘ってみようかな?」
「やめておいた方がいいと思うわよ……」
実際はカインが無愛想で可愛げのないことを知っているアルティは、やんわりと親友を止めるが、ショタコンの耳には届いていなかった。
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