教官は十三歳その2

「着いたわ。ここが学園長室よ」

 アルティに導かれ、カインは現在細かな装飾の施された扉の前に立っている。

 扉の荘厳な佇まいは、近づく者に威圧感を与えるが、二人は動じた様子もない。

「学園長、今よろしいでしょうか?」

 コンコンと、扉を数回叩きながら中にいるであろう人物に訊ねる。

『その声はアルティ君か。いいよ入りたまえ』

「失礼します。……ほら、あなたも来なさい」

 若々しい女性の声から許可を得て、二人は入室する。

 部屋に入るとまず目に付いたのは室内の本棚にパンパンに詰められた本。

 周囲を見回せば、部屋の隅には本棚に入らなかったと思われる本が寄せられていた。

「相変わらずですね……」

 思わず呟いた言葉。特に返答を期待したものではない。

 しかし部屋の奥にいるユーリス学園の長――エヴァ=クリスティは、豪奢なテーブルに肘をつき、椅子に腰かけながら少年に言葉を返す。

 顔立ちは美しいの一言に尽きる。服装もそれに見合った赤を基調とした豪奢な作りのドレスだ。

「二年ぶりの再会なのに、君はそんな嫌味しか言えないのかい? ……まあいい。よく来たね、カイン」

「お久しぶりです、師匠」

「……え?」

 アルティが疑問の声を上げたが、少年――カインはそれを気にせず、エヴァの存在を確認すると軽い会釈をした。

「そう畏まらないでくれ、私と君の仲じゃないか。あと、この学園にいる時は師匠ではなく学園長と呼んでくれ」

「分かりました」

 エヴァの指摘を受け、カインは素直に首を縦に振る。

 一連の会話で二人が旧知の仲であることは十分に分かる。

「ちょ、ちょっと待ってください! 師匠ってどういうことですか、学園長!?」

 だが、アルティはカインの発した『師匠』という言葉の意味が理解できず、驚愕の声と共に二人の話に割り込んできた。

「どうしたも何も、そのままの意味だよ。昔、彼は私に師事していたのさ。まあ、私が教えたのは二年ほどの話だがね」

「それでも、国内でも屈指の実力を持った魔法使いである学園長に、こんな子供の弟子がいたなんて聞いたことはありません!」

 ヴェルテイマ王国において、エヴァ=クリスティの名を知らぬものはいない。

 理由はアルティが言ったようにエヴァは国内でも五本の指に入るほどの魔法使いであることと、二年前に魔王を討伐した勇者のパーティーに所属していたため。

 今はユーリス学園の長として、後進の育成に力を入れているが、その名声は衰えていない。

 そんな人物に弟子がいたとなれば、アルティの反応も当然のものだろう。

「言ってないからね」

 捲し立てるように言葉を吐き出すアルティに、エヴァはあっさりと答える。

「な……」

 そんなエヴァに、アルティは口を閉口させるのみ。

「もう話は終わりかな? 悪いけど、私は彼と二人きりで話がしたいんだ。部屋を出てくれないかな?」

「え……?」

 一瞬、理解ができなかった。

 しかし、彼女は頭の回転が早かった。

「……分かりました」

 部屋の主から言われた以上、従うしかない。

 アルティは渋々とではあるが、エヴァの指示に従い部屋を出る。

「…………ッ!」

 ――退出の直前、カインを睨みながら。




「それで話というのは何ですか? わざわざ僕を呼び出したのですから、何かあったんですよね?」

 アルティの退出後、カインは本題を切り出した。

「ああ、その通りだよ。少し面倒なことがあってね。君にはその解決を頼みたいんだよ」

「学園長にも解決できない面倒なことですか?」

 カインは首を傾げる。自身の師であるエヴァにも解決できないような問題を自分に解決できるのかと。

「何、そう難しいものじゃないさ。君にはこの学園で教官をやってほしいんだよ」

「僕が教官……ですか?」

 戸惑うカインにエヴァは笑みを浮かべ、話を続ける。

「実は最近教官が一人やめてしまってね。今人手不足なんだよ」

 ユーリス学園は魔物と戦う術を教える学舎だ。

 そのため、教官は高い能力を求められるのだが、それに見合う人材はなかなか見つからない。

 これが人材不足の理由だ。

「それで僕というわけですか……」

「ああその通りだ。私の知る限り、君以上の実力者はこの国にはいないからね」

「ですが、教官になるには資格が必要じゃありませんでしたか?」

「その辺りは問題ないよ。私の権限でどうとでもなる」

 それは職権濫用では? という疑問がカインの頭をもたげたが、気にしないことにした。

 眼前の女性にはそういった常識が通じないことをカインはよく知っている。

「僕に拒否権は――」

「もちろんないよ。もし断るなら、君の正体をこの国の人々にバラすからそのつもりで」

「…………ッ」

 エヴァの脅迫に、カインは顔をしかめた。

「国民が君の現状を知ったらどうなるだろうね? 君に同情するかな? それとも、国王に怒りをぶつけるのかな? まあ、どっちに転んでも面白くなりそうだ」

 口角を三日月の如く歪め、凶悪な笑みを刻む。

「師匠は相変わらずですね」

 そんなエヴァに、カインは最早溜め息しか出ない。

「ははは。そんなに誉めても何も出ないよ?」

「別に誉めていません」

 カインの皮肉を、エヴァは笑って受け流した。

「まあ、雑談はこの辺にしておいて……そろそろ答えを聞こうかな?」

 すでにカインの答えを予想しているのか、その声音は楽しげだ。

「僕は――」


 



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