教官は十三歳その1

 ヴェルテイマ王国――アルデオ大陸の南端に位置し、一年を通して四つの季節が巡る国だ。

 王国の西側には、ユーリスという名の学園が存在する。

 この学園は魔物と呼ばれる人類の宿敵と、それを束ねる魔王を倒すために創立された。

 魔王は二年前に討伐されたが、配下の魔物が全滅したわけではない。

 そのため学園では学生たちがいずれ来たる魔物との戦いに向けて、日夜特訓を続けている。

 そんな場所に部外者が立ち入ることは滅多にない。

 年に数回、国のお偉いさんが視察に来る程度だろう。

 部外者が学園にいれば、嫌でも目立つ。

 例えば十二、三歳ほどの外見の少年が、学園内を当然のように闊歩していれば、周囲の関心は、その少年に集まるだろう。

「おい、あいつ誰だ?」

「ここの人じゃないわよね?」

「誰か知ってる奴はいないのか?」

 この学園には似つかわしい少年。

 シワ一つない純白のシャツと、質のいい生地を使ったであろうことが窺える黒のズボン。

 子供が大人の格好をして背伸びしているという風には見えず、しっかりと着こなしている。

 彼が何者なのかを巡って、学園の制服を着た学生たちの間にざわめきが生まれた。

 何かを探しているらしく、周囲をキョロキョロと見回している。

 何人かの学生は声をかけようとしたが、少年の氷のように冷めた雰囲気が、それを許さない。

 ずっとこのままの状態なのだろうか?

 周囲の学生がそう危惧し始めた時、少年に声をかける人物がいた。

「ちょっとあなた」

 腰まで届く紅色の髪、強気な性格が窺えるつり目、精緻な顔立ち。それが少年に話しかけてきた少女――アルティ=ブレイムの特徴だった。

「…………」

 少年はアルティに反応を示すことなく、黙々と歩き続ける。

「ねえちょっと!」

 そんな少年の態度に怒りを覚えたアルティは、少年の肩を強引に掴み、振り向かせる。

「……何ですか? 僕は今、とても忙しいのですが」

 面倒なのに絡まれた。一瞬そう書いてあると錯覚するほど、少年は顔をしかめている。

 だが、そんなのはアルティの知ったことではない。

「あなた何者? ここは一般人の、それも子供が来れるような場所じゃないわよ?」

「そうなんですか」

 淡々とした言葉を吐きながら、少年は周囲を見渡す。眼前のアルティを含め、学生たちは皆、剣や槍などの武器を所持していた。

 街中で武器などを持っていれば、憲兵に捕まるだろうが、魔物と戦うために作られたこの学園では当たり前の光景だ。

「僕は人に呼ばれてここに来たのですが……」

「呼ばれた? 誰によ?」

「エヴァ=クリスティという女性です。確か今はここの学園長をしているはずですが、どこにいるか知りませんか?」

「…………ッ!」

 アルティは少年が口にした人物を知っている。いや、アルティだけではない。この学園に籍を置く者ならば、誰もが知っている名前だ。

 だからこそ、アルティは驚愕を露にした。

「あなたみたいな子供が学園長に呼ばれたですって!? 冗談もほどほどにしなさい!」

 そして同時に、少年の言葉がただの戯言だと判断する。

「あなたの言葉はとてもじゃないけど信じられないわ。もし信じてほしければ、証拠を見せなさい」

「証拠……ですか。証拠……証拠……そうだ確か!」

 ひとしきり悩んだ後、少年は懐から封筒を一つ取り出し、アルティに手渡した。

「これは……」

 アルティの受け取った封筒は、一目見ただけでとても高価であることが分かるものだ。

 品質のいい紙、封筒を閉じる際に使われたシールには細かな細工が施されており、貴族なんかが好んで使うタイプのものだ。

 適当な嘘のためだけに、こんな手の込んだことはしないだろう。

 アルティの頭にも、少年の言ったことが嘘ではないのでは? という疑問が浮かんだが、

「そんなはずないわ。学園長がこんな子供に……」

 さんざん否定した手前、今更言葉を引っ込めることができなくなってしまった。

 だが、いつまでもこのままというわけにもいかない。

 アルティは意を決して封筒を開き、中に入っていた触り心地のいい便箋に視線を走らせる。

 そこには少年の言ったことを裏付ける内容が記載されていた。

「……付いて来なさい」

 少年に背を向けながら、冷たい声音で呟く。

 とてもではないが、これから人を案内する者には見えない。

「…………」

 しかし少年は大して気にした様子もなく、無言でアルティに付いて行くのだった。

 

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