3章8話
ここへ越してきて初めてもてなすのがゼペットさん達。この事実は本当に嬉しいことでした。
フェルさんは相変わらずパン屋さんに務めているらしいのですが、ゼペットさんは近頃、その魔導知識を活かして発明に夢中なのだとか。魔導シーツもそんな彼が発明した魔道具でした。シーツの下側に風の精霊を自動で呼び出す魔法陣を幾つも仕込み、予めそこへ錬魔素を込めておくことで最大二時間も滑空できるらしいのです。
夢の中でなら私も飛べますが、現実でそれを成してしまうゼペットさんはやはり只者ではありませんね。使用条件は風の精霊との親和性が高いことらしく、私には扱えないのが少し残念です。
私達は久しぶりの再開を祝いながら、お昼前まで楽しく語らいました。フェルさんのお仕事が始まる時間になったので二人は帰って行きましたが、また近々遊びに来てくれるそうです。フェルさんは翔くんがいないことに多少がっかりした様子を見せていました。若いって本当に素敵ですね。
「ルリコ様も隅に置けませんね」
歳を取ると息を吸うように邪推ができるのも、ある意味素敵ですけれど。
「違うのだけれど、もう良いわ。それより少し疲れたわね」
「今日は久しぶりにお昼寝でもされたらどうですか。ウサぐるみの斧は私が届けておきましょう」
「助かるわ。じゃあ少し横になろうかしら」
「ルリコ様、呪文の詠唱をお忘れなく」
本当にもう、ハンナはお節介です。しかしそれだけ私のことを気にかけてくれている証拠なのですから、ありがたく思わないといけませんね。
見下ろす自身の顔は、たった一日不規則な生活を送っただけで疲れているのが伺えます。それなのに夢の中で魔女となった私は微塵も疲れを感じていません。
天井を透過して瓦屋根の上に座りました。炎帝が猛威を振るう時刻と相まって、敷きつめられた瓦が赤いチューリップ畑を連想させてくれます。
「よっこらしょ」
今の私は魔素の体なので何かをする度にかけ声が必要なほどではないのですが、身についた習慣は簡単には拭えません。かけ声をかける度、自分が老人なのだと思い出してしまいます。
さてと、そう悲観的にばかりなってはいられませんね。お昼間に魔女化するのは初めてなので、何をしようかと頭を巡らせました。
広場に行って大勢の前で着地を披露しようかしら。それとも世界の果てを覗きに行こうかしら。面白そうには感じるのですが、どれも今ひとつ気分が乗りません。自分が本当にやりたいことではないからですね。
ここは素直になってみましょう。だって今の私は高齢者の慎み深さを演じずとも良い姿なのですから。
「そうれっ」
魔素の箒を作り出し、それにまたがり空を駆けます。目指すは勿論、宿場町。黒助を迎えに行く用事もありましたし一石二鳥ですね。
昼間の宿場町は夜半過ぎほどの賑わいはありませんでした。この町は別の街へ行くための中継地点とする意味合いが強く、近くの狩場もホーパル外苑だけなので定住している方の多くは何某かのご商売をなされています。新たに到着する旅客も、お仕事に出向いておられる冒険者の方もいないこの時間帯はとても閑散としていました。
「あ、ルリコにゃ。ルリコが迎えにきてくれたにゃ」
上空で留まっていると黒助が飛んできました。小さな羽をパタパタさせる姿は相変わらず可愛いですね。
「ごめんね黒助。途中で魔法が切れてしまったの」
「問題ないにゃ。それよりおいら、眠いにゃ」
「やっぱりまだまだ子供なのね。ほうら、私の上着に入ってなさい」
着ていた、といっても魔素でイメージした衣服なのですが、上着の襟元を広げると黒助が飛び込んできました。少しもぞもぞとしていましたが、すぐに大人しくなり寝息が聞こえます。この子ったら昨夜はどんな大冒険をしていたのかしら。
「さて、と」
この分だと翔くんもお仕事に出かけていそうですね。少し落胆しながら町中へと着地しました。上空から見て分かってはいましたが、本当に閑散としています。ほとんどの飲食店は閉まっていて、開いているのは道具屋さんや武具屋さんだけのようでした。見るべきものは何もありませんし、黒助とも合流できたので帰るとしましょう。
「あれ、ラズリーヌさん? やっぱラズリーヌさんじゃねーか」
不意に背後からかけられた声に心臓が飛び跳ねます。
「あ、あら翔くん、こんなところで奇遇ですね」
ドラムロール並に早打ちしている鼓動が聞こえやしないかと胸を押さえ、平静を装いながらそう返すのが精一杯でした。
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