3章9話
もしもドラマのヒロインであったなら、このような展開も頷けます。しかし私はただの八十ババア。まさかいないと思っていた彼がこの場に現れるなぞ、露ほどにも想像しておりませんでした。
「昼間は睡蓮にでもなってるのかと思ってたぜ」
「アハハ、たまには昼の魔女も開業しているのよ」
夜の魔女に対する彼の幻想も奇抜ですが、私の返答も大概ですね。故意にではありませんでしたが、昨夜あれだけミステリアスな雰囲気で別れたのを回想すると顔から火の出る想いです。
「で、ラズリーヌさんは何してたんだ」
私は何をしていたのでしょう。何を考えてこの場所へときてしまったのでしょうか。その答えは分かっていますが言い出せるはずもなく、それらしい理由を考えます。
「ええと、クソゲー(雑草)を探していたのよ」
「そんなモン、探さなくても溢れてるじゃねーか」
周囲を見渡すと確かにたくさんの雑草が繁っております。幾つか種類のある中で、一際群生しているタンポポのような草が目につきました。溢れているというからにはあれがクソゲーに違いありません。図らずもかねてからの疑問がひとつ解けたことで知識欲が少し満たされました。
「そ、そうよね。ひとつ持って帰ろうかしら」
「どうやって持ち帰るんだ。まあ、魔女だからできるのか……」
翔くんがブツブツと呟いている隙きに、クソゲーを一本抜いて懐へと忍ばせます。
はぁ、本当に私は何をしているのでしょう。
「翔くんこそ、こんな昼間に何をしているの?」
「今日はちょっとヤボ用があってな」
「そうですか、では邪魔せず私は行きますね」
「あーいや、用事はもう終わったんだ。ほら、これ」
そう言って彼は抱えていた荷物をポンポンと叩きます。
「それは?」
「プレゼント。発注してたモンがやっと出来たから取りに行ってたんだ」
「翔くんからプレゼントを贈られる女性は幸せね」
「俺みたいな輩からもらっても迷惑だろうけどな。でも、大切な人だからどうしても贈りたいんだ」
舞い上がっていた心が定位置へと着地し、そこから地底目指して潜り始めました。彼は強く優しくそして若い男性で、言い寄る女性も多いのです。それを拒絶する理由もありませんし、そこから恋へと発展したとしても何ら不思議ではありません。願わくばそれが私の知り合い――フェルさんやコリーさんであってくれればまだ救いもあるのですが、見も知らぬ女性であったならと思うと……。
「これから荷物を配送屋へ持って行くんだが。その後でその、食事でもしねーか」
翔くんが選んだ女性へのプレゼント。それを配送屋に預けてしまえば、もう私の手には届かなくなります。その女性がどんな方で、どれほど彼を想っているのか、どれほど彼に相応しいのか知りたい気持ちが抑えられません。私はどうしてしまったのでしょう。
「良ければ私が運んであげましょうか」
「いやでも、それだと食事が――」
「これでも昼間はしがない配送屋なの。私にその仕事をいただけないかしら」
そんな職業に就いたことはありませんし、土地にも明るくありません。
「そういうことなら協力するぜ。これが住所と名前とメッセージカード、三日後に開封してくれと伝えて欲しい」
土地勘のない私ですが、渡された住所はとてもよく知るものでした。ローマン北地区の私有林に住むのは、この世界広しといえども一人しか存在しません。
「この方が翔くんの想い人なの?」
「ま、ある意味そうかもな」
ある意味……ある意味そうなのですね。
「皺くちゃのおばあちゃんだけどな。世話になってるし優しいし頭も良いし、俺にとってこの世界で一番大切な人なのは間違いねぇ」
一番大切な人……。
「本人には絶対言うなよ」
ええ、言いませんとも。もう聞かせていただきましたから。
「では届けてきますね」
荷物を受け取り空へと舞い上がります。「あ、まだ料金を――」と呼び止める彼の声を無視して高度を上げ続けました。懐にしまっておいたクソゲーが飛び出し、風に揉まれて綿毛が舞い散ります。異世界の穹昊は私の心を表現したかのように澄み渡っており、一点の曇りもありません。目指すはローマン北地区の私有林、その中にあるレンガ造りのお屋敷です。
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