2章15話

 足を踏み出す、ただそれだけの挙動で床が沈みました。縫いぐるみにそぐわぬ重量を持つペンドラゴンに警戒を強めます。いつもなら魔物と見るや否や一直線に突っ込んで行く翔くんも、勝手の違う相手に慎重な面持ちです。


「ここじゃダメだ。何とかして外へおびき出そうぜ」

「ショウ殿、それは愚策だろう。奴の巨体を充分活かしきれない閉鎖空間で戦ってこそ我らに勝機があるのではないか」


 コリーさんの反論はとても的を得たものです。歩けば床が沈み、長い首を振れば壁や天井に激突する今の状況はペンドラゴンにある種の枷をはめていると言えるでしょう。その有利性をむざむざなくしてまで外へおびき出すのは確かに愚策と捉えられても仕方がありません。


「うるせぇぞ駄犬、崩れた破片が相田さんに掠ったらどうすんだ。直撃でもしたら大変だろーが」


 これだけ切迫した状況にもかかわらず、私のことを配慮してくれる彼の心遣いに涙が出そうです。しかし明らかな強敵に対し、折角の枷を外すのはやはり得策ではありません。


「私なら大丈夫ですよ。魔法も麦茶もありますから」

「その両方がバトルに向いてないから心配してんじゃねーか」


 一蹴されてしまいました。


「そういうことなら僕がルリコさんを担いで城外へ向かいましょう」

「頼んだぜニート。奴のタゲ取りは任せとけっ」

「ニートの意味は分かりませんが、その呼び名に違和感を抱かない自分がいます」


 ペンドラゴンの正面へと躍り出る翔くん。声を張り上げ、敵の注意を集めようとしてくれています。


「ならば私も手伝おう」


 コリーさんもそれに続き、翔くんの隣で盾を構え剣に光を灯しました。相手の気を引くには充分だったようで、ペンドラゴンはその長い首を二人へと振り降ろしてきます。


「にゃあっ」


 黒助まで翼を出して舞い上がり、ペンドラゴンの周囲を旋回し始めました。どちらかといえば彼にとってペンドラゴンは魔物つながりの仲間だと思うのですけれど、その行動は龍猫的にどうなのでしょうか。


「うおっ、危ねぇ」

「くっ、重い」


 その攻撃を間一髪で避けた翔くんと少し掠ったコリーさん。コリーさんはその当たり損ないとでも呼ぶべき一撃を受け、大きく後ろに弾かれてしまいました。


「掠っただけでこれかよ。ここで出てくる敵じゃねーだろ」


 どこで出会おうがそれは運命だと思うのですが、彼の中では別のルールがあるようです。それが何なのか聞いてみたい衝動に駆られますが、この状況ではそうもいきません。


「ではルリコさん失礼します。よいしょっと」


 ドーラさんは私を右肩に担ぎ上げると空いた左手で手押し車を持ち、壁沿いにゆっくりと扉へ向かいます。


「ご迷惑をおかけしてごめんなさいね」

「気にしないで下さい。適材適所ですよ」


 翔くんがペンドラゴンの左脚をバールで何度も殴りつけている間にコリーさんが戦線復帰し、右脚を精霊剣エクスフィングスレイヴで斬りつけます。しかしどちらの攻撃もさして効果はないようで、傷一つ付いていないように見えました。

 ペンドラゴンの体は布で出来ているように見えるのですが、そうではないのでしょうか。だとしたら体中にある継ぎ目はどうやって縫われているのでしょうか。それともあれは縫い目ではなくて模様なのでしょうか。

 気になることが山積みで何から考えて良いのか分からなくなりましたので、まずは最も気になっている疑問をドーラさんへぶつけてみました。


「こんな時にすみませんが、タゲ取りとは何を取ることなのかしら」

「若者の使用する俗語は、僕にはちょっと……」


 私に分からない言葉が二百五十歳のドーラさんに分かるはずもありませんでした。竹取りやタケノコ掘りではないと直感してはいるのですが、このような場面で何を取るのが相応しいのかが全く分かりません。これこそ、あとで聞かなければなりませんね。


 奮闘する翔くんたちを横目に扉まで到着したドーラさんは「よいしょ」と私を抱え直し、彼らに向かって叫びます。


「扉に到着しました、少し間を置いてから皆さんも逃げて下さいね」

「了解したっ」

「ああ、相田さんを頼んだぜっ」


 その返答を聞き届け、彼は一目散に走り出しました。


「ドーラさん、お歳なのにお元気なのですね」

「昔から逃げ足にはかなりの自信があるのですよ」


 その脚力は人間を一人抱え、荷物を持っているとは思えないほど力強く、彼の底が益々知れなくなってきます。こんなにも力強く走れる方が行き倒れていたなんて、世の中は不思議なことだらけですね。

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