2章16話

 出口を目指して風のように疾走するドーラさん。その足取りは軽やかで迷いがありません。出口までの扉は開いているので、いくらそれを目指せば良いだけだとはいえ、正面からは見えない位置の扉もあります。この階層に来たのは先ほどが初めてだと思うのですが、まるで構造を熟知しているかのように進めるのはどうしてなのでしょう。


「出口が見えました。一気に駆け抜けますよ」


 休むことなく駆けるドーラさんは言葉通り疾風の如く城門を通過し、荒野と地割れで形成された大地に足を踏み入れました。後ろからは建物が破壊されるような轟音が聞こえています。


「ペンドラゴンもこちらに向かっているようです。安全圏まで距離を取りましょう」

「翔くんたちが心配だわ、大丈夫かしら」

「彼らなら……そうですね、大丈夫だと思いますよ」


 この人にそう言われると本当に大丈夫だと思えるから不思議です。


「この辺りまでくれば安心でしょうか」


 ドーラさんは足を止め、私を降ろして下さいました。


「ありがとうございました」

「いえいえ、元はといえば僕のせいですから。まさかレバーが反応するとは夢にも思いませんでした」


 少なくとも何かが起こると考えて動かしたように感じるのは、私の思い過ごしでしょうか。振り返って城門を見やると、今まさに翔くんとコリーさんが飛び出してきたところです。次いで城門の壊れる振動とともにペンドラゴンが現れました。あの巨体で動くには通路も城門も些か狭かったようですね。

 地割れに潜んでいた魔物たちが我先へと地面に飛び出し逃げて行きます。己との絶対的な力の差を敏感に感じ取り、巻き込まれんとしているのでしょう。


 大地に立ち、体を自由に動かせるようになったペンドラゴンは大きく首をのけぞらせました。喉がみるみるうちに膨らんで行きます。


「ブレス攻撃ですね、ここまでは届かないと思いますので心配ありません」

「でも翔くんたちが……」

「彼らなら、やはり心配いらないようです」


 ペンドラゴンの口から直線状に炎が吐き出されました。ゆっくりと首を右左に振り、眼前のものを全て焼き払わんとしています。翔くんとコリーさんはそれを見切ったように動き、何とか炎を避け続けていました。黒助は果敢にもペンドラゴンの頭めがけて急降下し、ひっかき攻撃をしては即座に撤退するを繰り返しています。


 炎が途切れて隙きの生じたペンドラゴンに攻撃を加えて行く翔くん。しかし効いている様子はなく、一向に傷をつけることができません。それどころか夢中で距離を詰めすぎたせいで、軽く動かしただけの大きな脚に跳ね飛ばされてしまいました。大地を二度三度跳ねてようやく止まった彼は余程打ちどころが悪かったのか立ち上がれずにいます。


「翔くん!」

「ルリコさん、前に出ては危険です」

「何を言っているの! 若い彼らが傷を負っているのよ。治せる私が行かなくてどうするのですか」


 ドーラさんの制止を振り切り、手押し車を掴んだ私は出来る限りの速度で翔くんへと近づきます。


「翔くん、すぐに治しますからね」


 練っていた魔素を指先から放出し、夢天の精霊魔法を行使します。いつもの頼りになる妖精さんたちが現れ「やれやれ」のポーズを取りながら翔くんへと群がってくれました。


「わっ、何だ急に。ドヤ顔やめろドヤ顔っ」


 両手で妖精さんたちを振り払う仕草をしながら翔くんが立ち上がりました。駆け寄った私は彼の両手を取り無事を確認します。


「相田さん顔が近い。でもありがとう、助かったぜ」

「翔くんの傷は私が完璧に治してみせるわ。だから存分に戦って下さいな」

「そうだな、このままじゃ埒が明かねぇ。そろそろ本気出すか」


 そんな強がりなのか本音なのか分からない言葉を口にした彼は、虚空に向かって指先を動かし始めました。転生特典とやらを使う仕草です。


「クラスチェンジ、シーフからファイターへ。スキルデッキを探索デッキから戦闘デッキに変更。余剰スキルポイントを全部使用してステータスをアップ。よし、これでバッチリだ。あのクソドラゴンをぶっ潰してやるぜ」


 何が変わったのか、何がバッチリなのか、外見上の変化が全くないので分からないのですが、彼がそういうのならきっと大丈夫なのでしょう。だって彼は今までもその力で私を護ってくれていたのですから。


「さあ反撃開始だ、ババアは後ろで昼寝でもしてな」


 浅く腰を落としたかと思うと目にも留まらぬスピードで駆け出した翔くん。何も変わっていないように見えますが、彼の中では確かに何かが変わったようです。

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