2章13話

 世の中には不思議な力を持って産まれてくる方がいます。やたらと運の良い方や絶対音感のある方、記憶力がずば抜けている方など、そういった先天的な能力の持ち主は前世でも稀に見かけました。ですからコルネットさんがそうだったとしても酷く驚いたりはしません。ただしそういった方の多くは「天は二物を与えず」の法則に囚われているのに対し、彼女は明らかに二物を与えられてはいますけれど。


「魅了能力ですか?」

「ああ。こいつは見た者や声を聞いた者を魅了する特殊能力者のクソ女だ」

「うっ、それは違――いいや今更貴殿らに隠しても仕方のないことだな」


 それはとても素敵な能力ですね。あれもこれも思いのまま、周囲が自分の言い分を認めてくれるのなら何不自由のない生活ができるでしょう。もしも彼女が世界平和を訴えれば簡単に叶ってしまうかもしれません。


「確かに私は無意識にではあるが魅了効果のある練魔素を放出し続けているらしい。それはかつての師であるバース様から教えていただいた」

「やっぱりな」

「しかしそれは本当に微弱なもので、よほど耐性のない生物――即ち魔物や下等な動物にしか効果を発揮しないのだ。人間でこの影響を受ける者は皆無といえよう」


 胸の奥に引っかかっていた物がストンと落ちました。いくら腕に覚えがあるとはいえ、女性が単身でこれだけ多くの魔物を蹴散らすのは無理があると思っていたのです。しかしそのような能力があればとても有利に、なんでしたら同士討ちに持ち込むこともできたでしょう。


「だが俺と相田さんは訳あって魔素に慣れ親しんでない、要するに耐性が低いんだ。相田さんは特性効果で状態異常にはならないみたいだが俺は違う」

「なんと、そんな人間がいたとは……」

「おかげで俺は建設業から冒険者に鞍替えして、少しでもあんたに近づこうとしてしまった」


 翔くんが冒険者になったのはかなり前のことです。確かこの街にきて一ヶ月くらい経った頃。その時分にコルネットさんとどこかで出会い、それからずっと魅了の影響を受け続けていたのかしら。


「それは……本当にすまない。無意識とはいえ貴殿の輝かしい未来を奪うようなことをしてしまった」

「それは別に良いんだけどよ、この仕事のほうが儲けも多いしな。でもそのせいで相田さんをこんな世界に引き込んじまった」

「あら、私は今の生活が楽しいわよ?」


 そうなのです。日がな一日、広場でお喋りするのも良いのですが、冒険者となってからは同じ目的を持った方とお知り合いになれました。こんな置物にしかならない年寄りを頼って下さる方とも出会えました。自分が誰かの役に立っていると思えるのは老人にとって本当に嬉しいことなのです。


「そうなのか。それならまあ、俺が怒る理由はなくなったな」

「無意識であったとはいえ迷惑をかけてすまなかった。それも命の恩人である貴殿らに……この償いは必ずすると約束しよう。我がローマン家の名に誓って」

「償いだなんてそんな――」

「ああ、その気持ちはギンに換算してくれ」


 通常このような場合には社交辞令で、一度はお断りするものなのですけれど。彼の裏表のなさは称賛に値する美点ですね。


「了解した、そして改めて名乗ろう。私はコルネット・ローマン、この一帯を治める領主の娘であり冒険者パーティ、ローマンの翼でリーダーを務める者。貴殿らにはぜひ親しみを込めてコリーと呼んで欲しい」


 可愛い愛称ですが、毛の長い牧羊犬を思い浮かべてしまいます。人様に対しては少し失礼なので、これは私の胸にしまっておきましょう。


「犬みたいな名前だな」

「な、なんだとっ! 我が名を愚弄する気かっ」


 しまっておけない子がいました。正直すぎるのも困ったものです。しかしそれもこれも数多い魅力のひとつなのですけれど。


「悪りぃ訂正する。キャンキャン吠えるメス犬みたいだな」

「貴様っ、言うにことかいてメス犬とはっ! 剣の染みにしてくれよう」

「だからその松明をしまえ」

「光の精霊剣エクスフィングスレイヴだっ」


 喧嘩をしているようにも見えますが、どちらからも本気を感じません。彼らなりのじゃれ合いなのでしょう。私がもっともっと、せめて五十歳くらい若ければ喜んで輪に入って行けましたのに残念です。


「さあさあ、それよりも早くここから脱出しましょう」

「そうだな、こいつを誂ってたら忘れてたぜ」

「誂って……」

「にゃあにゃあにゃあ」


 黒助がしきりと手押し車をカリカリしています。何かを知らせたいのでしょうか。


「黒助どうしたの?」

「腹が減ったんじゃないのか――って、うおっ」

「な、なんだっ」


 玉座の間全体を大きな揺れが襲い、床が少しづつ崩壊して行きます。振動と崩壊のさなかにあって、入り口の扉へ移動することは叶いませんでした。収まり止まぬ振動の中、床を割って何かがせり上がってきます。巨大な歯車やたくさんの装置、そしていくつかの調度品、更には――


 揺れが収まり私達の前に出現したのは五階層で見た魔法装置部屋と、トカゲの素焼きを片手に持ち、今まさにかぶりつこうとしているドーラさんでした。

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