2章12話

 城壁には枯れた蔦が巻きつき、城門や門塔は酷く破壊されていました。遠目では気づきませんでしたが、城壁にはたくさんの焼け焦げた跡もあります。

 気の遠くなるような戦闘を繰り返し辿り着いたお城は、そんないわくありげな雰囲気を醸し出していました。


「お宝の匂いがプンプンするぜ」


 翔くんはそう言いますが、私はその意見に賛成しかねます。なぜなら敵に落とされたと思しき城内にあった財宝なんて、すでに持ち去られた後だと思うのです。もしかすると秘密の小部屋などがあって、そこに何かがあるのかもしれませんが私達の目的は人命救助。お城の内部を深く探る暇はありません。


「へえ、これが罠か」


 城門をくぐり、城内へと進んだ先にそれはありました。大きな真円状の中に理解できない絵柄がびっしりと書き込まれている図形が床に描き込まれています。以前教えていただいた魔法陣の形状にそっくりなので、これがそうなのでしょう。


「反応なし。一度発動したからもう効果がなくなってるみたいだ」

「ローマンの翼の人達はこの罠に引っかかったのね」

「発動する前は魔法陣も浮き上がってなかっただろうし、ここを通らないと先に行けないからな。これを仕掛けた奴は罠の美学を分かってるぜ」


 罠の美学とは何なのでしょう。彼はたまに玄人じみた言葉を口にしますが、そのようなお勉強でもしていたのでしょうか。


「翔くんはとても博識なのね」

「こんなモンはロープレを齧ってたら自然と身につくことだよ」


 ロープレ、それが生前養った彼の知識なのですね。ロスト・プレイスなどの略でしょうか。失われた大地に関する知識なのだとしたら考古学に通ずるものがありそうですし、もしかしたら怪奇現象や超常現象に関する知識なのかもしれません。いづれにしても、どのような学問なのか興味をそそられます。


 城内は幾つもの区画、幾つもの部屋に分かれているようですが、コルネットさんの足取りはとても明確に判別できました。翔くんの能力がなくとも開いた扉へ向かって進めば良いだけなのですから簡単です。


「結構な数を倒したんだな」


 私達が辿る道筋には多くの魔物が死骸となって転がっていました。それも自然死した風ではなく、明らかに武器で傷つけ倒されています。ここまでに得た情報によるとコルネットさんは孤立しているはずで、そうするとこの死骸は全て彼女が葬ったと考えるべきでしょう。女性の身でありながらここまで戦えるなんて、とても勇敢ですね。もしも私がこんなところで孤立しようものなら、三分で泉下の客となるのは目に見えています。


 それにしても建物の天井が物凄く高いです。ここに住まわれていた方は巨人か何かだったのでしょうか。幾つかの開け放たれた扉を抜け、広くて真っ直ぐに伸びた廊下を歩きます。その先には開け放たれた大きな扉と玉座が見え、そこに座っている人影も確認できました。人影の周囲には魔物の屍が散乱し、人とは違う色をしたその血液が床一面に広がっています。


「新手か……」


 項垂れ、刃にびっしりと体液のこびりついた剣をだらしなく床に垂らしながら玉座に座っていた人物が立ち上がりかけます。しかしよろけてもう一度玉座へと戻ってしまいました。体も、身につけている白い金属鎧もボロボロですが、そうであってなお一際抜きん出た美貌と魅力を放つ銀髪碧眼の女性です。フェルさんが可愛い系なら彼女は美人系とでも言いましょうか。この歳まで生きてきて、これほどの容姿を持った方には男女問わず出会ったことがありません。


「万能薬も底をつき、もはや死を待つだけの我が身なれど……せめてもう一太刀……究極の力を刃に乗せ振るってみせよう。天よ、大地よ、友よ、私に力をかしてくれ!」


 ただ残念ながら、少し自己陶酔癖があるように思えます。玉座の人物――多分、コルネットさんでしょうが――は、剣を天高く掲げると口早に呪文を唱えました。それに呼応して剣身が白く輝き出します。


「助けにきてやったのにパワーアップしやがった。何だその狂い咲きの桜みたいな思考回路は。【キャンセル】っと」


 それは言い得て妙ですね。しかしなぜ翔くんはキャンセルを使ったのでしょうか。


「おいおい、俺達は魔物じゃないぜ。あんたをサルベージしにきたんだ」

「コルネットさんね。私はるり子、こちらは翔くん。ローマンの翼の方に頼まれて貴女を助けにきたのよ」

「なんと……助けにきてくれたというのか……こんなにも不甲斐ない私を……」


 彼女は掲げていた剣を静かに下ろします。私は夢天の精霊魔法を使い、彼女の傷を癒しました。次いで麦茶も与えて疲労も回復してあげます。くたびれた顔をしていたコルネットさんに生気が戻り、その美貌がより一層増してしまいました。こんなにも美しいお嬢さんなら翔くんも心を奪われて当然ですね……。


「これは伝説の回復魔法、それにこの液体は高級ポーション、いやエリクサーか」

「女神からの祝福とでも思ってろ。分かったならその松明をしまえ」

「な、松明――このエクスフィングスレイヴを愚弄するかっ」


 とても大層なお名前の剣ですが、その割には所々刃が欠けていて二束三文の値打ちもなさそうに見えますけれど。


「それな、前に冒険者仲間が使ってたわ。ただ単に光魔法で剣を発光させてるだけだろ、松明と同じじゃねーか」

「松明より五倍長持ちだっ」

「案外使えるなっ」


 見た目と裏腹に少し、いいえとても残念な香り漂うお嬢さんですが、何とか合流できて良かったと思います。これであとはこの迷宮から脱出するだけですね。

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