1章6話

 骸骨兵に機先を制する形で駆けだした翔くんは、輪から突出していた一体へ躊躇いなくバールを振るいます。敵の数は多く、見える範囲でも三十体を上回っていました。魑魅魍魎たる集団に恐れをなさず立ち向かって行く姿は、かつて別れの敬礼をして下さった初恋の殿方と重なって見えます。最前線に飛び立って二度と戻らなかったあの方のように翔くんもまた……こんな時、何もできない老人であり女性である我が身を呪いたくなります。私にできることはないかしら、そう考えを巡らすも焦るばかりで何も思いつくことができません。


 骸骨兵の動きは緩慢で、しかも骨が露出している部分は脆いのか、バールで打ちつけた箇所が派手に砕け散ります。しかしながら縫いぐるみと同じく砕かれても砕かれても動きを止めない彼らに、少しづつ翔くんは囲まれて行きました。


「バラしても動くとか厄介だなっ」


 そう叫びながらバールを振るい続ける翔くんの横をすり抜け、何体かの骸骨兵がこちらに向ってきます。ぎこちなく歩くその化物が纏う雰囲気に飲まれ、冷や汗が脇を濡らします。


「相田さん、逃げろっ」


 しかし私は目の前で繰り広げられている非現実的な光景に少なからず恐怖を覚えてしまい、上手く体を動かすことができません。翔くんも周囲の骸骨兵を相手取るのに手一杯でこちらに駆けつけることができないようです。やがて至近距離にまで到達した骸骨兵が、その手に持った半ばから折れて朽ちかけた剣を振り下ろしてきたのです。私はそれが意味する結果を悟り、きつく目と口を閉じることで現実と対峙するのを諦めてしまいました。


 金属と金属がぶつかり合う高い音が響きました。まるで確定づけられていた私の運命を阻むかのように、何度も何度もその音は響き渡ります。薄く目を開けると骸骨兵の放った剣が何か障壁のようなものに当たって跳ね返されておりました。よくよく見れば手押し車の中心から直径一メールほどの淡い光が円状に放出されており、その内部に骸骨兵は立ち入れないようなのです。幾度となく折れた剣を叩きつけるもその度に弾かれているのですが、それでも攻撃の手を止めようとしない彼らが何だか哀れに思えました。


「コロゼェ……コロシ……テクデェ」


 超至近距離で攻撃を続ける骸骨兵からそんな声が聞こえた気がします。


「タノブゥ……オデ……ヲ……コロジデ……クデェ」


 いつの時代にかこの場所で戦いがあったのでしょうか。この人達は死してなおこの場所に囚われ、戦いを強いられているのでしょうか。私もこの世界で死んだらこうなってしまうのでしょうか。様々な想いが老いた脳細胞に染み渡り、気づけば声をかけておりました。


「貴方達を助けてあげることはできないけれど、せめて麦茶でもいかがかしら」


 それは無意識の行動でした。気がつくと哀れな骸骨兵に麦茶を差し出していたのです。先程までの恐怖は最早無く、目の前の先輩方に何とか安らいでほしい一心だったのかもしれません。

 骸骨兵は差し出された麦茶を見据えると、それまで激しく動かしていた攻撃の手を止め、私からそれを受け取ってくれました。そして一拍の時を空け、徐に呷ったのです。経口された麦茶は当然滴り落ち、骨を内部から濡らす結果となりました。同時に、濡れた部分から湯気が上がり骸骨兵の体が溶け始めたのです。「アリ……カ……トゥ……」全てが溶けてなくなる間際、そんな声が聞こえた気がしました。


「俺が必死で戦ってたのに、麦茶で魔物を倒すなんて不条理だ」


 戦いが終わった後、翔くんはそう言ってむくれていましたが私の無事を安堵する気持ちが伝わってきます。この子は本当に不器用な青年ですね。


 溶けた骸骨兵に続けとばかり、あれから私の周囲に群がってきた骸骨兵。事情を知らない翔くんにしてみれば焦燥感に駆られたようで、「ババア、ババアッ、くそっ、お前ら許さねぇからな」等と何度も叫びながら群れを切り崩しておりました。


「あいつらのせいで目が醒めちまった。とりま俺にも麦茶」

「はいはい、お疲れさまでした」


 私は不謹慎にも孫を持つのはこんな感じなのかしらと考えてしまいました。擦り傷だらけの不愛想な顔でこちらを向く彼が愛おしく思え、麦茶を入れながら目頭の熱さを堪えるのです。

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