第3話~勃起立唯我一人~

「おおおお!おご、おご、みゃああああああ!!!」

 今度は新鮮なサンマをフードから取り出した。りんご、ガム、コーラ、ハム、プロ野球スピリッツ、ピザ、ジョルトコーラ、水煮肉片、フエラムネ、バナナ、魂斗羅スピリッツ、ポテトチップス、ポリンキー、ピーナツ味噌。

 ありとあらゆる食べ物を念じてフードに腕を突っ込み続けた。

「フード壊れちゃう!フード広がって馬鹿になっちゃう!!」

 フードに手を突っ込んでいる時は売女の声をあげるフード女子も、食べ物を取り出した後は息を整えて普段の調子に戻る。セクサロイドにこんな機能があったなんて。少なくとも飢えて死ぬ事は無いと感じた僕を小さな安心が包んでくれる。

 その時、腕の中で何か動いた。驚いて手を離すと、サンマがピチピチと跳ねている。生きている。このサンマは生きている。フード女子のフードから取り出せるだけでも意味が分からないのに生きている。

「サンマが生きている」

「そうね。万物に命は有るもの」

「このフードは一体……どうなっているんだ?」

 フードに手を伸ばそうとするとフード女子はひらりと避ける。追いかけて捕まえようとするが舞い落ちる花びらのように手からすり抜けていく。フード女子は嫌がっているのかと思いきや、その顔には笑顔が浮かぶ。僕も嬉しくなり何度も何度も繰り返す。足元では踏み潰されたサンマが濁った目で僕を見ている。笑い声が響く部屋、窓の外は吹雪いている。


 足元のサンマがつみれになった時、僕の腕はフード女子を捉えた。両肩を掴み、相対する。フード女子は小さく笑い、少し顔を赤らめ視線を外す。

「フード汁……付いちゃったね」

 そう言いながら僕の左手に人差し指を走らせる。粘度の高い液体が細く美しい指に溜まっていく。フード女子はその指を自分の口に入れ、いささか大人びた水音を出しながら舐め取った。僕の掠れた倫理観を消し飛ばすにはそれだけで十分だった。


 フード女子の唇を奪う。フード女子は備え付けられた機能として目を閉じて舌を絡ませてきた。唾液にはうっすらとすももの味が付けられている。ゆっくりと口を離すと僕とフード女子の舌の間に唾液の橋ができる。その橋が崩落してしまう前にもう一度唇を寄せる。フード女子は何も言わず受け入れる。備え付けられた機能として。

「君は……一体何なんだ?」

「フード女子よ」

「君はセクサロイドだ。セックスのためだけに存在する。しかしそのフードからは沢山の食べ物が、そして生きているサンマまで出てきた」

「フード女子だから」

「なんでもそのフードから出せるのか?」

「フード女子だから出せるよ」

「まさか……人間も……?」

「出したいの?」


 研究室で僕は疎んじられていた。周りの仲間はみんな達人王シリーズの新作を開発していた。誰もが享楽的に毎日を過ごし、人類の健康や安全を考える科学者は僕以外にいなかった。今、もう一度人類を、人類をフードから出したらどうなるのだろうか?宇宙人による「人類ジェノサイド光線」が降り注がなくても近く戦争などで壊滅していた人類だ。誰もが自分自身のことしか考えず、誰もが富を独占しようとしていた。僕は人間を愛していたのだろうか。人間を守るための装置をがむしゃらに作っていた。しかし、根底ではその人間自体を愛していなかったのではないか?

 問いに答えられないまま戸惑っていると、フード女子が背伸びをして軽く唇を重ねた。

「美味しいごはんを作るから手伝って」

 その後は促されるままにフード女子のフードから、コシヒカリ、味噌、白菜、ネギ、厚揚げ、大根、人参を引き摺り出した。1つの食材を出すごとにフード女子は快感に溺れた喘ぎ声を出す。気がつくとカーペットはフードから溢れる液体でべちょべちょになっていた。この液体も機能の1つなのだと言い聞かせ、深く考えずに食材をフードから取り出す。フード女子は大の字になり、フードから粘液をドボドボこぼしている。白目を剥き、だらしなく舌を伸ばしているその姿すら可愛らしい。それも機能の1つなのだ。


「どう?美味しい?」

「うん……」

 人類が滅亡した地球で、廃墟となったビルの一室で、フード女子とサンマつみれのちゃんこ鍋を食べている。フード女子の前には茶碗や箸が無い。机や椅子も無いのでカーペットに座っている。

「食べないのか?」

「大丈夫。だってフード女子だから」

「食べなくても大丈夫だから今まで生き残れたのか?ずっとこの街にいたのか?他の人間を見たか?」

「知らないよ」

「そうか……」

 一抹の悲しさ、そして一抹の獣欲。僕はこの少女、フード女子を好きにして良いたった一人の人間だ。サンマつみれちゃんこ鍋の美味さが全身に行き渡る。生命の安全を確保すると、人間としての本能が立ち上がってきた。心地よい食後のダルさを感じているとフード女子が寄り添ってくる。鼻腔をくすぐる女の香り、今にも飛びかかってしまいそうだ。この世界に人間は僕だけだ。


 フード女子の両手を掴み、カーペットに押し倒す。乱暴に唇を奪い、生暖かい舌を探す。左手は自然と柔らかな膨らみを探し、その頂点を掌で押さえつける。柔らかさと弾力が同居する膨らみを堪能し、左手はさらなる冒険をはじめる。命の花咲く密林は存在しなかった。剃っているのかと芽吹きを探ったがきめ細かな肌の質感を感じるだけだ。肌を指を押し、少しずつ丘を下る。人類発祥のクレヴァスに指が届いた瞬間、フード女子は女子とは思えない力で私を押しのけた。

「だめなの」

「どうして!?君はセクサロイドだろ!?」

「見て」

 靴を脱ぎ、足裏を私に見せる。


【製造・株式会社メリスラ for田中たかし】


「これは?」

「私にはマスターがいるの」

「もういないじゃないか」

「いるの。マスターがいるの」

 思い出した。フード女子は完全受注生産。そして自由意志を持つからこそ、持ち主【マスター】以外とは性交しないようにできている。パソコンに繋いで設定を変えればそういうプレイにも対応できるらしいが、このフード女子はそうはできていないらしい。悔しさと共に黒い感情が体を包む。

「うるさい!」

 叫ぶと同時に襲いかかっていた。フード女子は無表情に僕を見つめる。乳頭をしゃぶりながら情けなく自分のズボンを下げる。最後に体を拭いたのはいつか覚えていない。よっぽどひどい匂いなのだろうが、気にする余裕はなかった。

「挿入すると死ぬよ」

「どういうことだ?」

「マスター以外の陰茎が挿入されると【マスター以外絶対破壊ガス】が出るよ」

 構うものかと鈴口をクレヴァスにあてがう。後数ミリ動かせばめくるめく肉の宮に入り込むことができる。しかし、その数ミリが怖かった。死ぬのが怖かったんじゃない。フード女子に嫌われながら、蔑まれながら最後の瞬間を迎えてしまうのが怖かった。


 冷めてしまったサンマつみれちゃんこ鍋にまた手を伸ばす。サンマの小骨以上に引っかかる何かを心に感じていた。

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