第2話~透明女子~

「お目覚め?」

 ふかふかのベッド、クマのぬいぐるみ、女の子の香り。これ以上ない極楽で僕は目を覚ました。

「君は……」

「私?名前は無いの」

「そうじゃない……人間なのか?」

「人間?私はフード女子よ」

「フード女子……」

 フード女子、聞いたことがある。まだ人類がジェノサイドされる前の記憶を揺さぶり起こす。フード女子は男の願いを全て叶えるセクサロイドだ。確か東亜プランが開発、タカラトミーが販売(海外ではATLASが販売)したとセクサロイドまとめサイトで読んだ記憶がある。人間じゃない。しかし、普通に会話もできる。科学の進歩は恐ろしい。このセクサロイドが発売されたことで日本の人口は5534186413684343843人から5000万人程度になってしまい社会問題となった。世界の食料事情は解決したが、多くの国では人口が激減し、アンチフード女子運動が巻き起こり、東亜プランは解散に追い込まれた。

 東亜プランの解散はシューティングゲームが貿易の99.87%を占める日本にとっては大問題だ。基盤売上5京枚確実と言われた達人王168486168464111116も発売中止に追い込まれた。

 それが僕が開発していた「生命絶対守る装置」の研究中断の引き金となった。装置さえ完成していたら宇宙人による侵略にも耐えられた。僕の命がそれを証明している。目の前にいるフード女子はこの世界を破滅に追いやった張本人だ。セクサロイドに「人」なんて言葉を使ってしまうまでに僕の精神は疲弊している。

「どうしたの?何か食べる?」

 沸々と湧き上がる破壊衝動は何気ない一言で萎んだ。こんな状況になったとはいえ、こんな状況を緩和してくれる唯一の存在だと本能が理解しているのだろう。そして先程の一言で腹の虫が動き出した。最後の食事は二日前。雑草と脂がまわりきった古いニューコンミートを無限に降り積もる雪を溶かしてスープにした豪華ディナーだった。

「食料があるのか?」

「あるわよ」

「何がある?」

「なんでもあるわよ。ほかほかのご飯、新鮮な果物、大きなハンバーグ、魂斗羅スピリッツ……」

「どこにあるんだ?そんなに多くの食料がこの部屋にあるようには見えないが」

「ここにあるの」

 フード女子は身に付けていたフードを首の後に下ろす。そして僕の手を可憐な姿からは想像もつかない強さでフードに入れた。

「あ……」

「これは……フード……?」

「最初は……優しく触って……」

 フード、パーカーなどに付いているフード。寒い時はフードをかぶる事でインスタントな温もりを感じられる。温もり、その概念を忘れてしまっていた。廃墟と化したビルの中で自分自身の匂いが染み付いた毛布に包まり震えて眠る。朝起きると生きている事に驚きすら覚える。そんな年月を過ごしてきた僕にはこの温もりは体を焼く炎にも感じられた。

「あ……どうして?もっと……入れて良いよ」

「……」

「お腹が空いているんでしょう?何を食べたいの?食べたい物を思い浮かべて触って」

 フード女子は男の願いを叶える全てを兼ね揃えている。首を絞めながらファックし、小枝のように戻り骨を握りつぶしても数時間経てば再生する。天女の羽衣のように薄く脆い処女膜も同様に再生される。「フード女子合同」という外部記憶装置を接続することで自分だけのフード女子にカスタムすることもできる。フード女子の記憶と思い出がすべて込められたフード女子合同はたしか90兆と少しのバージョンが発売されていた。

「りんご」

「なあに…?りんご食べたいの?」

 氷河期、風雪吹きすさぶ世界で一番愛しいのは赤だ。生きながらえるために火をおこし、白に支配された世界に彩りを与える色。その火と同じ色をしている食べ物を無意識に呟いてしまった。

「じゃあ、りんごを強く思ってかき回して」

「フードの中をかい?」

「そうよ。私の中を」

 今度は自分の意志でフードに手を入れる。温かい。そして湿っている。フード、布が持つ質感ではない。遠い遠い昔に感じた記憶がある感覚。気が付くと手は肘までフードに入り込んでいた。明らかにフードの大きさを越えている。恐怖を感じて腕を抜こうとするとフード女子がゆっくりと振り返り、顔を赤らめながら僕を見つめる。僕は言葉を忘れた阿呆のようにその顔を見つめていた。フード女子はゆっくりと瞳を開き僕を見る。口角が小さく上がり、微かに頷いた。錆付き、腐りかけていた理性を吹き飛ばすにはそれだけで十分だった。

「ひぎぃ!!」

 フードを思い切り掴む。真っ黒に汚れた爪を思い切りフードに食い込ませる。真っ赤なフードに黒い爪、フードは魔女の顔のみたいにしわくちゃになる。強く強くフードを掴む。

「あ!ああ!あああ!!フード……フード乱暴にしないで!」

 僕は何も答えない。鈴が鳴るような可愛らしい声は僕の理性を獣の本能に反転させる。フードを掴んだまま、その手を思い切り下げる。

「ぐ……苦しい……」

 フード女子の頭が震える。フードの前部分が首を締めている。フード内部が潤ってきた。フード女子の汗なのだろうか?違う。ぬめりがあり、脳を痺れさせる香りがある。僕がフードを掴んでいた手を離し、手を思い切り奥に押し込んだ。

「ひぎぃいいいいいいいい!フード!フード破けちゃう!フード破けちゃうよお!!!」

 何も聞こえない。何も届かない。フードを弄ると粘液と厚手の布の心地よい弾力。何度も何度も手を広げ、また握り締める。すると指先に何かが触れる。指でそっと撫でるとフード女子が一際大きな声をあげた。

「当たってる!フードの奥に当たってるの!!お願い!それ以上やめええええええええ!!」

 フードの奥をたぐり寄せる。力任せに、本能に従って力任せに。指先ににつるつるした何かがある。引き寄せる。粘液をかき混ぜ、乱暴に、乱暴に、こいつは人間じゃない。フード女子だ。セクサロイドだ。何を遠慮する事がある。フード女子は壊れた玩具のように声をあげ続ける。僕からはフード女子の後頭部しか見えないが、整った顔からは想像できない淫靡な歪みが生まれているに違いない。

「やっ……だめ!引っ張っちゃダメ!出ちゃう!フードから出ちゃう!!」

 フードの中で掴んだのはフード女子の心なのか、それとも僕に残された最後の人間性なのか。ぬるぬるとしたフードの中で掴みにくい何かを弄り引き寄せる。

「だめ!やめて!どうにかなっちゃう!」

 僕は苦労して掴んだ何かを力任せにフードから引き摺りだす。

「出ちゃう!出ちゃう出ちゃうよお!」

 勢い良く手を引き抜くと生暖かい粘液がピンク色のカーペットにぼとぼとと落ちる。引き抜いた手を見ると、赤いりんごが握られていた。

「これは……」

「はあ……はあ……り……りんごだよ……」

「りんごだ」

「うん……出たね……りんご……出たね……」

 フードから粘液に塗れたりんごが出てきた。その赤は記憶の中と同じく鮮烈な赤。照明が粘液に反射し、踊り子に滴る汗のような輝きを映し出す。その存在を誇示しながら。

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