第一章8 『ひとときのやすらぎ』
「やれやれ、何年経っても、母さんは母さん、か・・・」
何はともあれ、母さんに大事が無さそうで良かった。
確かに殺しても死ぬような母では無いとは思っていたが、まさかあれほどとは・・・。
「あ、あの・・・」
うむ、しかし元気ならば、この先どうしたものか。
今回はやむなく助けを乞う形になってしまったが、極力マッドとは一線を入れておきたい。
別にあいつのことを信じていないわけでは無いのだが、何しろ相手は女盗賊だ。
彼女からすれば行商である僕は獲物で、彼女はそれを狩る血に飢えたハンターと言ったところだろう。
そのうえ今回の件で大きな借りまで作ってしまったのだ。彼女の好意を無下にする用で申し訳ないとは多少なりとも思ってしまうが、それでも盗賊を信頼することは躊躇ってしかるべきだろう。
むしろ警戒しないほうがおかしい。
「ウォ、ウォレスさん?」
だが、だからってさっさと仕事に戻るのもなぁ・・・。
いくら使用人がいるからと言っても、僕にとって家族と呼べるのはもう母さんだけなのだ。
それを思えば多少の苦難など、犬にでも食わせてしまえるだろうよ。問題は多少程度の苦難では済んでいないことが問題なのだが・・・・どうしたものか・・・。
「・・・あのー」
「うぉ!?」
な、なんだこの可愛らしい少女は!?
目前にいたフレンダと目が合い、僕は心の底から驚いた。
「ひゃあ!?」
急に僕が声を上げてしまったせいで、フレンダは派手に尻餅をついてしまう。
・・・一瞬素晴らしいものが目に入ったが、それは黙っておこう。
「いたたた、、、」
「だ、大丈夫かい?」
「もう!急に大きな声出さないでくださいよ~」
フレンダは立ち上がり、服の裾や尻のあたりに付いたホコリを、丁寧にはたく。
「すまない、少し考え事をしていたんだ」
「あ、、、いえ、私もちょっと言い過ぎました、ごめんなさい」
フレンダは少し慌てた様子で、深々と頭を下げた。
それがイタズラがバレたときの、昔の僕らのようで、くすりと笑ってしまった。
「いいんだよ、君は何も悪くない。で、どうしたの?なにか聞きたいこと?」
「・・・ウォレスさんが、手を離してくれなかったんじゃないですか・・・」
フレンダはぶつぶつとつぶやきながら、そっぽを向いてしまう。
ううむ、何か気に触るようなことをしてしまったのだろうか・・・全く見当がつかないぞ。
「え、えーと、僕なにかしたかい?それなら謝るよ、すまないね」
「うー・・・そんなに謝られちゃったら、私も怒るに怒れないじゃないですか・・・」
フレンダは大きくため息をつくと両手で自分の頬を叩き、こちらに振り返った。
その顔はつい数刻前の表情に戻っていた。・・・どうやら許してもらえたようだ。
「もういいですよ、私の個人的な問題ですから。それよりウォレスさん、このあとはどうされますか?よろしければ、お夕飯の用意をしちゃいますけど」
「うん、そうだね、実は朝からほとんど何も食べてなくて、お腹ペコペコなんだ」
「わかりました。今すぐ準備しますから、少し待っていただけますか?」
「りょーかい、フレンダさん特製のチキンスープ、楽しみにしてるよ」
「そそそ、そんな期待していただく程のものじゃないですよー、あとウォレスさん、私のことは呼び捨てでも構いませんよ。さんなんてつけられるの、あんまりなれてませんし」
「そうかい?なら そう呼ばせてもらうよ、フレンダ」
そう言うとフレンダは少し照れた様子でニッコリと笑い、調理に戻った。
アーティファクト
いい子だなぁ・・・いまどきこんないい娘、古代兵器並に珍しいんじゃないだろうか。料理も気遣いもできて、おまけに結構な美少女といい具合に三拍子が揃っている。こんな娘が嫁に来る男は、毎日がとても幸せに過ごせるに違いないだろう。
年甲斐もなくそんな妄想をしているとふと、あることにウォレスは気づいた。
こんないいメイドを雇うようなお金、誰か払ってくれたんだろうか?と。
「そういえばフレンダ、一つ聞いていいかな」
「はい、どうしました?」
「君への賃金って、どれくらいがいいかな、僕としては君には感謝しているし、ある程度は君の希望の額に沿いたいと思ってるんだけど」
「あぁ、賃金でしたら、もうアンナさんから頂いてますよ」
「そうか」
ふむ、それならば僕が気にすることもなさそうだ。大方僕の仕送りや、父が少なからず残した財産から賃金を捻出したんだろう。
母は山での狩りや菜園で生計を建てていた母が、使用人への賃金の相場を知っているかは甚だ疑問だが、もし知らなかったとしても、フレンダならばそうふっかけたりはしていないだろう。
彼女とは数時間程度の付き合いだが、商人として、人を見る目は養っているつもりだしね。どちらかといえば、あの母が値切ろうとしなかったかの方が心配になってくる。
「ふふ、少し前のアンナさんも、ウォレスさんと同じことを言っていましたよ」
「母さんが?」
母さんが相手にすべて任せるだなんて、意外だ。昔は父が何をするにしても、たいてい口を挟んできていたのに。十年会わないうちに、少しは丸くなったということだろうか。
「ええ、あなたにはとても感謝しているから、好きなだけ持っていって・・・と、も、もちろん!一日100グリンと、真っ当な金額で働かせていただいてますよ!」
「アハハハ!まぁある意味母さんらしいといえば母さんらしいか。」
なるほど、100グリンならば一日の収入としては多くもなく、少なくもなくといったところだろう。それならば余計に、僕が気にすることではなかったようだ。
そうこうしているうちに、食卓にはパンが2つとチキンスープが並べられ、フレンダは僕の席の前にグラスを置き、瓶に入った水を一杯、注いだ。
「ありがとう」
「はい!冷めないうちに、どうぞ召し上がってください」
彼女はそう言うと、部屋の隅に移動した。
「フレンダ、君は食べないのかい?」
「私は、ウォレスさんが食べ終わってから食べますから、気になさらずとも結構ですよ」
「そんな遠慮しなくていいよ。僕は気にしないからさ、一緒に食べないか?」
フレンダはそれを聞くと、一瞬ぱっと目を輝かせた。
「いいんでs・・・いえいえ!私は使用人ですから。お客様と卓を共にするなんてできません」
ううむ、どうやら失敗のようだ。少し年相応なところが見えはしたが、きちんと仕事と割り切れているようだ。若いのに本当にしっかりしている。
「じゃあそうだな・・・こういうのはどうだろう、これは客として、使用人に対する命令だ。どうも一人で食事するのは少し寂しくてね。僕のわがままを聞き入れてはくれないかな?」
僕がそう言うとフレンダは、少し迷ったような表情をしたが、すぐに目を輝かせてくれた。
「そ、そういうことでしたら仕方ないですね~。わかりました、一緒に食べましょう!」
「ありがとう、助かるよ」
僕はにっこりと彼女に笑いかけると、フレンダはそれに答えるようにニッコリと笑った。
「「いただきます」」
その日食べた、彼女のチキンスープの味は、おそらく生涯、忘れることはないだろう。
それほど特別美味しいわけでは無いのだが、それにはどこか、懐かしさを感じさせるような家庭的な味わいで、二人がそれを話の肴にするには充分すぎるものだった。
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