第一章7 『子の思い、母の思い』


 「なに~もう、いきなり大声なんか出して」


 僕の母親、アンナ・マードックは、耳を抑えながら、僕にめっと注意してくる。

 我が母ながら、とんだ天然さんだ。父さんはこんな難物、どうやって手懐けたんだろうと、今は亡き父をとても尊敬してしまう。


 「いきなり大声ぐらい出すさ、こっちは仕事投げて、会いに来たんだからさぁ」

 「あら、その言い方だとまるで私が悪いみたいな言い方じゃない」

 「別にそうは言わないけど・・・なんかこう、もうちょっと他に言葉無かったのか?」

 「ん~・・・・大きくなったわねぇ?」

 「いや、十年前とそんな変わってないから!」

 「何よ、注文ばっかり、フレンダちゃん、私は悪くないわよね~?」

 「へ?」


 少し身を引いて眺めていたフレンダに、視線が集まる。


 「いいやフレンダさん、君からもガツンと言ってやってくれないか?母さんは昔っからちょっと抜けてるところがあって」

 「あなたに言われたくないわよウォレス!」

 「わ、わたしはー・・・」


 二人の視線がフレンダへと集まる。

 こうなってはウォレスもアンナも止まらないし、止まる気も一切無い。さながら腹をすかせたモンスターが、久しぶりの獲物を見るような目が、いたいけな兎のように震えるフレンダへと向けられる。


 「その・・・ウォレスさんは・・・素敵な方だと、思いますよ?」


 フレンダはは顔を伏せつつ、ゴニョゴニョと小さく呟く。最後の方など、ほとんど聞こえていなかった程だ。そう呟いた彼女は顔を赤くし、完全に顔を伏せてしまった。

 その、なんというか・・・普段ならこういう世辞を言われても、普通に嬉しいだけなのだが・・・なぜだか無性にむず痒い。不意をつかれ、顔が熱くなってしまう。


 「なーに照れんのよ、このスケベ」

 「母さん、もうちょっとジョークのセンスを磨いたほうがいいよ」

 「はぁ・・あなたはそのウブな所を直したほうがいいわよいい加減」


 母さんは半眼でこちらを見つつ、深くため息をついた。

 母さんのその態度に、僕は少しムッとしてしまう。


 おちつけ僕、わざわざ口喧嘩するために帰ってきたわけじゃないんだ。

 そろそろ頭を冷やしつつ、腹を割って話し始めてもいい頃だろ?。


 そう自分に言い聞かせつつ、大きく咳払いした。


 「話は変わるけど、具合はどうなの、母さん」

 「やっぱり、心配してくれてる?」

 「茶化さないでよ、これでも真剣なんだ」


 というと、母さんは今までの楽しげな表情とは打って変わった、憂いの帯びた顔をしていた。

 昔、僕は一度だけ、母さんのこの表情を見たことがある。

 

 父さんが死んだ、その日の夜に・・・・。


 「そっか・・・やっぱり、変わってないね、ウォレスは」


 言うやいなや、母さんは大きく咳き込みんだ。

 それを見て、照れて顔を赤くしていたフレンダが血相を変えて、母さんのそばに駆け寄った。


 「母さん!?」

 「アンナさん!今お水を・・・!」

 「ゴホッ・・・大丈夫よフレンダちゃん、久しぶりにはしゃいじゃって疲れただけだから」

 

 ひどく取り乱しているフレンダの頭を撫で、震える手から水を受け取りそれを口にする。

 

 「母さん、やっぱり病気、ひどいのかい?」

 「・・・いいえ、そんなに心配するほどじゃないわよ」

 「でも、重い病気らしいってダンカーさんから聞いてたんだけど・・・」

 「あれはダンカーさんが大げさに書いただけよ、まったく心配性ねウォレスは」


 母は笑顔を作り、僕にそう答える。

 確かに母さんは普通に話すことは出来ているし、食べ物も食べることも出来そうだ、それにフレンダも付いてくれているのだから僕が心配することも無いだろう・・・か?。


 「でも、今日はもう疲れちゃった、ウォレス、悪いけどまた明日にして頂戴」

 「・・・わかったよ、数日は家にいれるはずだから、何かあったら呼んでね」

 「フレンダちゃんもいるし、大丈夫よぉ、ね、フレンダちゃん」

 「は、はい!このフレンダ、精一杯お世話させていただきます!」


 フレンダは僕の方に向き、緊張した表情ではあるがピシッと敬礼する。

 少し頼りない彼女の様子に多少不安になってしまう。

 しかし彼女の不信感を感じさせない生真面目さは、出会って数時間ではあるがとても感じ取れ、それは人に信じてみようという気持ちにさせる、ある種の魅力があった。


 「そうか、じゃあフレンダ、なにか手伝えることがあったら、気軽に言ってくれ」

 「わかりました、ありがとうございます、ウォレスさん」


 フレンダは澄み切った笑顔で僕にそう答える。


 「もう、いちゃいちゃしてないで、早く早く!」


 母さんは心底嫌そうな顔で、部屋から出るように手を縦に振り促してくる。


 「い、イチャイチャだなんて、ええと、その・・・」

 「そ、そうだよ母さん、イチャイチャってそんな」

 「あーもー、わかったから。その話も明日ね」


 母さんは布団を被って、丸まってしまう。こうなっては母さんはテコでも動かないだろう。

 僕は顔を赤くしてパニック状態になっているフレンダの手を握った。


 「あ・・・」


 フレンダの手を握る時、彼女の手は一度ビクンと震えた。

 だが僕はそのことを気にはせず、そのまま彼女の手を引いて、部屋から出ることにした。



________________________________



 「やっぱり、言える訳ないわよねぇ」


 ウォレスとフレンダが部屋を出て数分後、私はは小さくつぶやいた。


 (仕方ないわよね、このこと言っちゃったらあの子に余計な心配させちゃうもの・・・。)


 ゴロリとベッドに横たわるアンナは天井を眺めながら、ウォレスの真剣そうな表情を思い出す。

 あんな真剣なあの子を見たのは、初めてだった。能天気そうな顔で、今日の出来事を話してくれたり好きな女の子のことを相談してきたあの可愛かったあの子が、あんな表情までしていたのに、真実を話せないなんて。

 自分でも気付かぬうちに、肩が震えていることに気が付く。

 アンナはその震えを抑えるようにギュッと強く両腕を抱く。だがそのことを意識すればするほど、その肩の震えは大きくなってしまう。

 

 (あれ・・・そういえば、こんなこと前にも・・・)


 その震えに私は、強い既視感を覚えた。

 それはいつだっただろうか、酷く昔のことのように感じるが、だが逆に、つい昨日の事のようにも感じる。それほどまでに印象に残った出来事だったはずだが。なぜだか思い出すことができない。

 ぐるぐると思考がまとまらず、深く混迷していた私の耳に、自身のぐぅぅぅぅと、大きな腹の虫が悲痛の声をあげる。


 「そういえば、夕飯まだ食べてなかったわね」


 腹が減ってはなんとやら。また後で思い出すことにしましょう。

 私は一旦考えることを後にして、フレンダちゃんお手製のチキンスープを、口にすることにした

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