第一章6 『団らんはスープの後で』

「ええと、あなたはウォレスさん・・・ですよね?」


 呆けている僕に、女の子は笑顔で聞いてきた。

 彼女の碧色の目がしっかりと僕を見据えている。


 「どうして、僕の名前を?」

 「それは・・」

 「それになんで僕の家にいるんだ?そもそも君は・・・?」

 「ええっと・・・あの・・・」


 困った様子で女の子は慌ててしまっている。

 しまった、少し焦りすぎたな、10歳以上年の離れた女の子相手にまくしたてるなんて、何をやってるんだ僕は・・・。


 「あー・・・すまない、困らせてしまったね」

 「い、いえ、大丈夫です!」


 女の子は元気な声で僕に答える。気を使わせてしまったな・・・。


 「えっと、私は名前は、フレンダといいます、数日前からここで使用人をさせてもらっています」


 なるほど、倒れた母さんのために、誰かが世話役を雇ってくれたのだろうか。

 そして彼女に言われて気付いたが、彼女はエプロンの下に黒い給仕服を着ていた。


 「それで、ウォレスさんのことは、アンナさんが教えてくれました」

 「なるほど、母さんが・・・そうだ、母さんは!?」

 「ふぇ!?それは・・・その・・・あうぅ」


 母への心配からか、つい僕は彼女に詰め寄ってしまった。

 すると彼女は急に顔を真っ赤にして、顔をうつむかせてしまった。

 ま、またやってしまった。どれだけ学習能力が無いんだ、僕は。


 「すすす、すまない!僕が悪かった!だから泣かないでくれ」


 すぐさま僕は壁の方まで後ずさり、フレンダに何度も頭を下げた。

 ひとしきり平謝りしていると、彼女は落ち着きを取り戻したようだった。


 「すいませんウォレスさん、私、男の人と話すのがちょっと苦手で・・・」

 「いや、いいんだよ、今のは僕が悪かったし」


 まさか泣いてしまうとは思わなかったけど。

 最近、彼女のようなお淑やかという表現がよく似合う女性と会話する機会が無かったから

 紳士としての心構えを、水平線の向こうに忘れてきてしまっていたようだ。

 そして彼女は、仕切り直しのつもりか、大きく咳払いをした。

 

 「それじゃあウォレスさん、私から話してもいいんですが、会ってもらったほうが早いと思うんです」

 「うん、たしかにそうだね、僕も顔を見てからじゃないと安心できないし」

 「じゃあちょっと待ってくださいね、ちょうどアンナさんの夕飯の時間なので」


 そういうとフレンダは鍋の火を止め、中のチキンスープを皿へとよそい始める。

 チキンスープには、鶏肉と、食べやすいように小さく切られたニンジンとポテトが入っている。

 病人に食べさせるには適切に作ってあるようだし、栄養にも気を使っている、僕より10歳近く若いのによくできた娘だ。

 そんなことを考えながら眺めていると、コンソメの香りにつられて僕のお腹が、くぅと小さく鳴る。

 

 「よかったら、後でウォレスさんの分もお作りしましょうか?」


 フレンダは手を止め、僕にそう尋ねる。

 どうやら聞こえてしまったらしい。ならここで見栄を張っても、ただ格好がつかないだけだし、それに女性の手料理だ。それに文句をつけるなど、彼女の心を踏みにじることと同義だろう。そんな傲岸不遜なことなど、僕には到底できない。できるはずがない。


 ----決して可愛い女の子の手料理を食べてみたいとかそういった下心は一切無いのだ。


 「いいのかい?それならお言葉に甘えようかな」

 「気にしなくていいですよ、これもお仕事のうちみたいなもんです」


 ふふんとフレンダは得意げに胸を張る。だがすぐに照れた様子でえへへ・・と笑い、夕飯の準備に戻った。彼女は男の人と話すのは苦手とは言ったが、別段話すこと自体を嫌っているわけでは無さそうだ。

 

 「あとはトレイとスプーンを用意して・・・・ウォレスさん、準備できましたよ」

 「オーケー、それ、僕が持とうか?」

 「ありがとうございます、でも大丈夫です、それじゃ行きましょうか」


 そう言ってフレンダは、僕を先導するように歩いていく。

 もちろん僕は、フレンダの後をついていく。


 後ろから見て気付いたが、こんなに真っ白な髪というのは、このあたりではかなり珍しいはずだ。

 ギリス王国の中ならば国の中心ということもあり様々な人種が集まっているため、白い髪もさほど珍しいというわけではない。最近は髪を染める技術も、発見されたという話だし。

 だが僕の知るこの町にはそんな人種も技術も無かったし、外から人が来ることも殆ど無いはずだ。

 だからだろう、僕は彼女にちょっと興味が出た。


 「フレンダ、君のその髪、このあたりじゃ見かけないけど、どこ出身なんだい?」

 

 そういうとフレンダは一瞬ピクリと立ち止まったが、そのまま足を進めながら答えた。


 「それが、実はよく覚えていないんです」

 「そうなのか・・聞いちゃまずかったかな」

 「いえいえ!こっちこそごめんなさい、気まずい空気にしちゃって」


 振り返る彼女と目が合い、お互いにきごちなく笑う。それが少し可笑しくてつい笑ってしまう。


 「もうずいぶん昔のことですからね、忘れちゃっても仕方ないかなって、諦めてるんですよ」

 「そうなのか・・・」


 昔・・・十代後半だと思っていたが、実は僕より少し年下ぐらいだったのだろうか。

 仮定の話だが、女の子が物心ついたころには町を出て、十年以上帰っていないならば、場所や名前を覚えていないのもまぁ仕方ないことなのかも知れない。

 現に16までこの町にいた僕でも、地図がなければ故郷に帰ってくるのは難しかっただろうし。

 なるほど、だがそれなら確かに、この娘が若いながらも落ち着いて仕事できているのも説明がつく。

 

 などと考えていると、二階の一室の前で、フレンダは足を止めた。

 その部屋は、僕の記憶通りならば、母が使っていた部屋で間違いなかった。フレンダは一度こちらを一瞥した後、部屋の扉にノックをした。


 「アンナさん、お夕飯の時間ですよー」

 「あぁ、もうそんな時間かい、入っていいわよ」


 確かに、フレンダの言葉に返ってきた返事は、母さんの声だった。

 だが、その声は僕の思い出にある母さんの声とは違い、とても弱々しく、か細い声だった。

 フレンダは手で僕にここで待つように合図し、部屋へと入っていった。


 「はい、今日は私特製の、チキンスープですよ」

 「なに言ってるのよ、昨日も一昨日もチキンスープだったじゃない・・・」

 「えへへ、すいません・・・」

 「うむむ、可愛いから許しちゃえるのが、逆に腹立たしいわ・・・」


 -----良かった、あんまり変わってないみたいだな・・・。

 病は気からとは言うが、母さんに関してはあまり当てはまらないらしい。昔のような元気のある声でこそ無いが、生気の感じられる声に、僕はほっと胸をなでおろした。


 「あ、それとアンナさん、今日はお客さんが来てるんですよ」

 「私に客・・?誰かしら」

 「きっと驚きますよー、どうぞ、入ってきていいですよ」


 その合図とともに、僕はドアノブを回し、扉を開けた。

 10年ぶりに見た母さんは、少し痩せてはいたが、昔とあまり変わっていなかった。

 僕と同じ、栗色の髪にも白髪が増えていたりしているようには見えず、体に包帯や、湿疹なども見受けられない。白いパジャマを着ていなければ、病人だとも思わせないほどで、正直予想より元気そうで拍子抜けしてしまう。

 ベッドから上半身だけ起こした状態の母さんは、こちらを見て、少し訝しげな様子で、口を開いた。

 

 「ウォレス・・・あなた・・・・」

 「母さん、久しぶり、思ってたより元気そうで安心し」「あなた、老けたわねぇ」


 ・・・・・・・・・・・・・。

 

 「10年ぶりの息子との再会に、第一声がそれかぁ!」

 

 10年ぶりに再会した病で臥せった母親に、本気でツッコミを入れる息子が、そこにいた。

 その様子を、使用人の少女はただ、にこやかに微笑んで眺めていた。 

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