第一章3 『賄賂は商人の武器』

「さってと、まずは隣町まで行ければいいかな」


 宿を出た僕はさっそく、街の城門前に来ていた。

 昼時ということもあり、様々な人の往来で、城門前は賑わっていた。

 若い剣士と弓を背負った女性、そしてローブを着た魔法使いの3人組の冒険者や、重厚な甲冑を纏った騎士、鎧の中心には銀色の十字架が掘られており、青いマントを羽織っていた、マントをよく見てみると、マントにはこの国の国旗が描かれており、この国の騎士であろうということが分かった。

 他にも、僕と同じ商人風の男や、サーカス団のような風体の一団など様々な人達でごった返しており、

 城門を出るには、少し時間がかかりそうだった。

 

 「なぁ、聞いたか、東の方で死神が出たって話」

 

 順番を待っていた僕の耳にふと、どこからか男の声が聞こえた。


 「聞いた聞いた、で、今回は誰が殺られたんだ?」

 「それがさ、ひでぇことにレームの領主の娘が、殺られたんだとよ」

 「ほんとかそれ、レームの領主っていやぁいまどき珍しい、優しい領主サマって話だろ」

 「あぁ、税もあまり取らなかったし、町中にもよく顔を出して領民と話をしてた。俺なんかとも笑顔で話をしてくれる、いい人だったんだが・・・」

 

 二人が話をしているレームには数ヶ月前、商品を仕入れに行ったことがあった。残念ながら、噂の領主とは会えていないが。レームは小さな町ではあったが、領民たちには活気に溢れ、町の人間でない僕にもかなり友好的な町で、暖かい雰囲気の町だったと記憶している。


 「で、娘が死んじまって、領主サマはおかしくなっちまったみたいでな、それからっていうもの、町にはよそ者は殺すようお触れはでるし、税金は倍以上に跳ね上がるしでひでぇ有様らしい、可哀想だが、もういつ反乱が起きてもおかしくない状況みたいだ」

 「まじかよ、領民には同情しちまうぜ・・・それはそうと、死神のやろうはどうなったんだ?」

 「それがよ、死んだ娘以外は、死神を見てないらしくてな、死んだ時も、朝起きて様子を見に行ったら、目を閉じて、眠るように死んでたんだとよ」

 「はぇ~おっかねぇなぁ、や、奴らの呪いなのかな・・・」

 「さぁな、とりあえず、今はあの町には近づかねぇほうがいいぞ、今行けば死ぬだけならまだ楽だが、町中でゆっくり処刑されてもおかしくねぇからな」

 

 そうなのか・・・あそこの蜂蜜、結構好評だったんだけどな・・・。

 そう考えていると、僕の順番が回ってきており、僕が来るのを待っていたであろう警備隊の兵士が、厳しい顔をしてこちらを睨んでいた。


 「おいそこのあんた、用がねぇなら街に戻ってくれるか?こっちも暇人を相手にするほど退屈してないんだ」

 「あ、あぁすまない」

 「で、どういう要件だ?」

 

 兵士は若干凄味のある口調で僕に質問した。

 兵士は30代ぐらいの男性で、少し疲れたような目をしており、身につけている軽装のチェインメイルには、ところどころに古い傷や穴があった。、おそらく一度か二度、戦場を体験し、彼はそのまま使い古しているのだろう。そして、若いわりに彼にはどこか余裕があり、兵士としての気負いを捨てられるくらいには、ここで仕事をしているのだろう。

 とにかく、ここでこの兵士に怪しまれでもして、街を出れなければ元も子もない。最悪尋問と称して牢屋に入れられてしまうかもしれない。


 「僕は、2日前からこの街に行商に来ていた、ウォレス・マードックという者なんだが」

 「少し待ってくれ・・・これだな、確かにリストに名前があるな」

 「それでね、ちょっと急な用事が入ってしまってね、街を出たいんだが」


 そう言うと、兵士は怪訝そうな顔をし


 「出ること事態に問題はない、だがウォレスさん、あんたの滞在期間は11日と書いてあるが、やけに荷物が少ないんじゃないか?」

 「あぁ、商品は全て、僕の知りあいに預けているんだ。何分急ぎの用事だったから、荷物になる商品は持っていくに持っていけなくてね」

 「そうか、その知りあいの名前は?」

 「ローマッドという婦人だ。今は僕が泊まっていた宿で荷物の番をしていてくれてるはずだよ」


 多少事実とは違うが、嘘は言っていない。それにここでマードックの名前を出したとしても、僕に確認をとっているだけで、本当にマードックの所まで事実を確認しにいったりは流石にしないだろう。僕としては、彼女が実は不正な方法を使って街に侵入していないかだけが心配だった。

 だが兵士は少し考えているようだった。これは確実に疑われてるな・・・まぁ仕方ないか。

 そこで僕は、鞄から革袋を取り出して口をほどいて。中に入っていたクッキーを一つ取り出した。そしてそれを口に放りこんだ。

 その様子を兵士は、手に持っている革袋の方を静かにジッと見つめていた。それを見た僕は、革袋を彼の前に差し出した。

 

 「よろしければお一つどうですか?」

 

 そう言うと兵士は少し迷うような素振りを見せたが、怪訝そうだった顔はみるみるうちに笑顔に代わり


 「じゃあ、お言葉に甘えて」

 

 とクッキーを一つ摘んで、幸せそうに口にした。

 あれ、思ってた反応と違うぞ?


 「ありがとう、じゃあもう通っていいよウォレスさん」

 「あ、あぁ、ありがとう」


 そう言うと彼は、後ろに並んでいた人の方へ歩いていった。


 「まさか・・・いっぱいくわされた?おいおい、そりゃないよ~」


 推測だが彼は僕が商人ということを知って、僕が挨拶程度にこういう品で彼を釣るように促すために、怪訝そうに応対したのかもしれない。確かにそう考えてみれば、彼の急な変化にも説明がつく。

 もしくは彼が、無類の甘い物好きだったのかだ。

 彼のずいぶんな態度に腹を立て、文句の一つでもいいたいところだが、それで逆にいちゃもんをつけられたら、おしまいだ。

 どこにもぶつけられない敗北感を心に納め


 「はぁ、今日は厄日だなぁ」


 とだけつぶやき、城門を後にした。

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