第一章2 『彼は彼女にそう言った』

 「ふー、食った食った♪」

 「まったく、自分の交友関係の少なさが嫌になるよ・・・」

  

 そう悪態を漏らしつつも、昼食がてら、ローマッドとの契約内容を決めた僕は、彼女の休みたいという要望を叶えるために、僕が先日まで泊まっていたホテルに案内することにした。


 「しかしなんだ、あんたもよくやるね、昨日まで自分が泊まってた部屋に、こんな清らかな乙女を泊まらせようなんてさ」

 「悪いけどここの宿泊代は先にまとめて出してたんだ、それくらいは我慢してくれ」

 「変な匂いとかしないといいけどな」

 「あのなぁ・・・」

 

 ローマッドはひひっと愉快そうに笑う。

 彼女は出会った頃からよく笑う、初めて会ったときから、僕を小馬鹿にしているようなところもある小生意気な娘で、始めは少しイライラもしたが、それを簡単に許してしまえるような気軽さに、今ではすっかり慣れてしまっていた。

 ・・・彼女が僕から見て清らかな乙女かどうかは、あえて触れないが。


 「で、今日出発するのかい?」

 「ああ、幸い今の時間帯なら問題なく城門も抜けられるだろうし、なにより」

 「なにより?」

 「待たせすぎたら、母さんに何を言われるかわかったもんじゃないしね」

 「なんだそりゃ」


 またローマッドは愉快そうに笑った。だが僕にはその笑顔が、少し寂しそうな表情をしていたようにも見えた気がした。

 

 「じゃあマッ・・・」

 「(人を殺せそうな眼光)」

 「・・・ローマッド、悪いけど荷物をまとめてくるから、少しここで待っててくれないか?」

 「りょーかいウォレスさん、忘れものすんなよ?私がもらっちまうからな」

 

 という彼女をスルーし、僕は3階の、自分の部屋へと向かった。

 

 はぁ、こんなことなら、もっと安い宿にしとくんだった。

 そう思いつつ、部屋で荷物をまとめていると、部屋の中でなにやらサラサラと、なにかを書いているような音が聞こえたような気がした。


 「ん?この音は・・・スクロールか?」


 そう思った僕は、故郷オーランに置いてきた伝達のスクロールの片割れとリンクしているスクロールを手に取り、中を確認する。

 

『ひとまず山場は超えたぞウォレス!意識も取り戻したし食べ物も口に入るようになった、彼女の回復力には、医者のおっさんも口を開けてたぞ。あの間抜けな顔を、お前にも見せてやりたかったぜ』


 スクロールには、おそらく近所に住んでいたダンカーさんからのメッセージが記されていた。母の並外れた回復力に軽くズッコケそうになるが、なんとかこらえつつ、そのままスクロールを読み進めた。


 『だが、まずいことに、医者が言うにはアンナがかかっている病は、とても重い病気らしい。今は気丈に振る舞ってはいるようにみえるが、それも強がりかもしれないし、いつまでもつかも分からないんだ、お前の母さんのためにも、そしてお前のためにも、なるべく早く帰ってきてやってくれ』

 

 メッセージはここで終わっていた。 ここに書かれていることが真実なら、母の状態はよろしくないのだろう。その事実は、始めの一文で安心していた僕を、冷たい現実へと引き戻すには十分だった。

 ひとしきり目を通した僕は、鞄の中からペンを取り出し


 『わかりました、僕が帰るまで、申し訳ないですがダンカーさん、母のこと、よろしくお願いします』


 とスクロールに記し、僕のメッセージがあちらに届くのを待った。

 そして数分待つと、スクロールには大きく、了解とだけサラサラと記された。

 それを確認し、スクロールを鞄の中へ戻した。


_____________________________________



 「おまたせローマッド、はい、これが部屋の鍵」

 「ずいぶん遅かったな、マーキングでもしてたんじゃないだろうな」

 「確かに君は綺麗で魅力的だけど、僕の好みじゃないから安心していいよ」

 「褒めるなよ、褒めても契約金は安くしないよ」


 そんなつもりは無いし、純粋な本心だったんだがなぁ。実際、口調を正して生意気なところを直せば、ぜひ付き合ってもらいたいくらいには、ローマッドは魅力的だ。この外見に騙されて、何人の男たちが悲惨な目にあったのか、想像するのも恐ろしい。


 「あとこれ、倉庫にある商品のリスト、それと契約の前金・・・まぁ50グランくらいでいいかい?」

 「あぁ、それで構わないよ、あと、リストはいいが結構量あるんだろ?どれがどれかってのは、私でもすぐ分かったりするもんなの?」

 「ああ、それ別に心配ないよ、まぁまずは見てくれ」

 

 僕は手に持った商品のリストを広げ、彼女に見せた。


 「商品はだいたい80種類、それが5種類ずつ木箱にしまわれているんだが、その木箱には1~5、6~10って感じに型番が書いてある。それを順番に売っていってくれたらいい」

 「ほぉほぉ、番号振ってあるならあたしにもわかるね、流石ウォレスさん真面目だねぇ」

 「茶化さなくていいよ、で、リストにはその商品の名前と、味や効果、使い方も一通り書いてあるから、それを使って、客に売ってってくれ。」

 「・・・おう、分かった」

 

 と言うとローマッドはメモを取り始めた。

 今の所、メモを取らなきゃいけないようなことは言ったつもり無いんだが。


 「で、商品の売値なんだが、一応リストに書いてある、でももし売れ残りが出そうなら、多少減額して売ってくれても構わないから、とりあえず売れるだけ売ってくれ」

 「・・・りょーかい!なんか簡単そうだし、大船に乗ったつもりでいなよ!」

 

 泥舟の間違いでなければいいんだが・・・。

 と思いつつ、彼女のメモ帳をちらりと覗くと大きな文字で

 『困ったらリスト』 『売れるだけ売れ』

 ・・・本当に、任せてよかったんだろうか。


 若干後悔しつつ、笑顔で手を振る彼女に


 「任せたよ」

 「任された」


 と一言だけ交わし、僕は宿屋を後にした。

  

 

 

 

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