第一章1 『彼女は彼にそう言った』


 母が倒れた。


 キリス王国首都ザットンで、行商にきていた僕の元に

 故郷を出る時、母に渡したものと対になっている伝達のスクロールには、急いで書いたような走り書きで、その旨が記されていた。


 「で、それを聞いておいて、なんでまだあんたはこんなところでガラクタを売ってんのさ」


 そんな僕に、ボロい外套を纏った若い盗賊は、不機嫌そうにそう言った。


 「仕方ないだろマッド、これだけの荷物を運びながらだと、馬車を走らせても3日はかかってしまうし、野盗に襲われたらもう生きていけない」


 今回この街にはいくつかの村や町で集めた特産品や武具、初歩的な魔法を封じ込め、魔法の知識がないものでも発動できる道具、通称魔道具や、魔法を唱えるのに必要な魔導書など、物の価値のわかる人間や、若い冒険者などには買って損のない品物を揃えたと自負しているし、売れ行きも好調で、予定より早く売り捌けるだろうと思っていた。 


 ・・・問題はまだ数日しか経っていないということだ。


 たとえ好調だとしても、10日間で売り切ろうとしていた物を、ものの2日で売り捌けるほど、世界は都合よく回っていないのだ。


 「そんなガラクタ捨てていきゃあいいだろ、どうせ1つ50グリンにもならない物がほとんどだろ。後なぁウォレスさん、あたしの名前はローマッドだって何度いったらわかってくれるのさ」


 というとローマッドは外套のフードを外し、深緑色の髪をなびかせながらこちらを睨みつけてきた。まったく、黙っていれば男も寄ってきそうな顔立ちをしてるんだがなぁ・・・。


 「なぁ聞いてんのか?あんまりとぼけた面ばっかりしてるとグーで行くよ、グーで」


 「おっとそれは勘弁してくれマッド、商人はスマイルも仕事のうちなんだ」


 と少しだけ慌てたふりをしながら笑顔でそう答えると、すかさずローマッドに頬をつねられた。


 「だーかーらー!あたしの名前はローマッドだって言ってんだろ!大体、愛称を付けて呼ばれるほど、私はウォレスさんと仲良くした覚えは無いんだけど」


 「い、いたたたたた!いひゃいろろーまっど!わふぁった、わかったから!」


 そう言うとローマッドはしてやったりと言うかのように、笑顔で鼻を鳴らし、頬から指を離した。


 痛い・・・・マッドめ、まさか本気でつねるなんて、明日腫れていないといいんだが。


 「で、ほんとにどうすんのさ、まさかだけど、このままにしておく気じゃないよな?」


 「そんなわけ無いだろマッ・・・・ローマッド、殺しても生き返るような元気が取り柄の母だけど、だからって行かないほど腐ったつもりはないよ」


 「ならいいけどな」


 とは言っても現状は何も変わらない。

 

 泊まっている宿の倉庫にはまだ、残り8日分の商品達が眠っているし、いつ戻るかわからない客の為に倉庫の大半を貸し続けるられるほど、首都に構える宿屋に余裕はない。

 仮に貸してもらえたとしても、追加の費用がどれだけかかるかわかったものではない。僕にはそれを優雅に支払えるほど、金銭的な余裕は無いのだ。


 「まったく、こんなことなら召使いでも雇っておくんだった」


 「一応言っとくがこの街で雇うのはやめとけよ、落ちぶれた元貴族さんとかに任せちまった日には、シンデレラばりに見違えたそいつを見ることになるだけだぞ」


 「冗談でも笑えないよそれは・・・・」


 「だろうな」


 とローマッドは心底愉快そうに笑った。普段なら、笑い返してお茶の一杯でもごちそうしてやれるが、僕が困っているのを笑っているという点で、愉快な気分には到底なれそうにない。


 「悪かったって、そうしょぼくれた顔するなよウォレスさん、別にあたしはあんたを笑いに来たわけじゃないんだから」


 「どうせまた冷やかしのつもりだろう君は、言っとくがここには君が盗んでいい物はひとつもないよ」


 僕はファイティングポーズを取りながらローマッドに威嚇した。が、いくつかの死線を超えてきた彼女からすれば、僕のそれは、子供が絵本の真似をしているようにしか見えなかっただろうが。


 「そうじゃないよ、いや、さっきまではそうだったけど。」


 ローマッドは僕の威嚇を、微笑ましいものを見るようにしながらそう答えた。いくら僕がただの商人だからって、この娘は年上に対して遠慮が無さすぎる、遠慮がある盗賊というのもおかしな気はするが。


 「ほんとに困ってるみたいだし、私も最近は仕事続きでさぁ、ゆっくりしたいと思ってたんだ」


 とニヤニヤしながらこちらを見るローマッドを見て、僕は彼女の言いたいことに気がついた。


「・・・・まさか、君が商品を代わりに売ってくれるっていうのかい?」


 まがりなりにも盗賊であるはずの彼女を見て、僕は何を思ったかそう言った。普段ならこんな言葉は出るはずもないが、あいにくこの街には、他の街でもなんどか会っている彼女以外に、恐らく知りあいはいないのだ。


 「だが君に預けるなんて、泥棒にお金を預けるようなものじゃないか」


 「嫌ならいいんだよ?私は困らないしね」


 ぐぬぬ・・・とは言っても彼女以外に頼りになる人間はいないし、彼女が言う通り、雇いたての召使いに仕事を一任するほど、今回の商品は安くない・・・


 と、うんうん悩んでいると急にバンッと肩を叩かれた。驚いて顔を上げると、ローマッドはズイッと僕の鼻に自分の鼻が当たるほどに顔を近づけて、獲物を見る猛獣のような笑顔で言った。


 「あんたはどうしたいんだ?」


 その表情に僕は肩を落とし、深くため息を付いた。


 「・・・分かった、君を雇うよ」


 「OK、まずはあそこでランチでもしながら、仕事の話をしようか」


 そう言いつつ、高級そうなレストランへ歩いていく彼女の背を見ながら、僕はもう一度、深くため息をついた。



《伝達のスクロール》・・・2本で対になっている巻物で、片方のスクロールに書かれたことは、物理的な距離を問わず、もう片方にも記される。

念話や一部の魔道具に比べれば不便に見えるが、この巻物は安価かつ、魔力はすでに込められているので、よほど遠距離での使用で無い限り魔力の乏しい人間でも使うことができる。

僕は300グリンとだいぶぼったくられたけど、基本的には150グリンが相場だろうね。


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