第22話 罠

 何度も訪れた迷宮の扉は、今日も太陽の光に、蔦を描いた巨岩を黄土色に輝かせていた。


 ――さてと。ここを開ければ、罠が発動するな。


 この性格の悪い迷宮は何とかならないかと思うが、製作者がそもそも変態なのだから打つ手がない。


「マーム! 話がある! だから扉を開けろ!」


 そうでなければ、今日こそ逆らえないぐらい完膚なきまでに迷宮を破壊してやる!


 今まではアーシャルの薬を得るために、多少手加減をしていたが、こうなれば最終手段だ。あいつが泣き出すぐらい、本気でこの迷宮を破壊してやると心にこめて叫ぶと、目の前の重い扉が内側へと開いた。


 ぎぎぎと軋みながら開いている。竜の俺を招きいれているな。


 だから俺は開いた暗い迷宮の中へと進んだ。


 今日は、剣も矢も出てこない。


 さすがに無駄だとわかっているらしい。


 そして、何も罠が発動されないよく知った迷宮の通路を歩き、三階まで行くと、髑髏が描かれた地下への扉を踏んだ。


 ――しかし、やはり落とし穴か!


 これだけは、どうしても変える気がないらしい!


 やっぱり、真性の変態だなと思いながら、落下のスピードを竜の広げた翼で調整して、泉に落とされるのを避ける。悪いが、水竜だ。そう何度も水に引っかかってやるつもりはない。


 そして、ふわりと石の床へ下りた。 とはいえ、竜の翼だ。風圧で起こった波で、地下室の床が多少濡れたのぐらいは、勘弁してほしい。


 何度も訪れた迷宮の最深部は、今日も暗い泉にゆらゆらと松明の炎が揺らめいていた。オレンジ色の炎が闇色の水に映り、俺が起こした泉のさざ波の上で揺れている。


「マーム」


 降り立った俺は、奥の空間に立つ姿に声をかけた。けれど、マームの緑色の眉毛は、俺を見た瞬間に、既にきりきりと吊りあがっているではないか。


「だから、何度来ても私の薬は、お前の弟には効かないと言っているでしょう!?」


 おおっ。顔を見た瞬間に怒りが最高潮だ。


 きりっと、きついが美しい顔で腕組みをしながら、俺を睨みつけている。


「それなのに、懲りずに何度も私の迷宮を壊しに来て――」


「それについては、まったく申し訳ないとは思わないが、怒っているのなら形ばかりの謝罪はしよう。申し訳なかった」


「少しは申し訳ないと思いなさいよ! そんな真心の欠片もない謝罪なんていらないわよ!」


 うーん。歯が見えるほど口を開いて怒っている。


 しかし、過去に変態の快楽の餌食になった身としては、むしろ謝罪がほしいのはこちらの方なのだが。


「だいたい私の薬はお前の弟には効かないって何度も言ったでしょう!? 私の薬は回復薬! 生まれつき視神経が少ないお前の弟を回復させることは不可能なの!」


「それは何度も聞いた。だが、ほかにあいつを治す方法を知っていそうな者がいないんだ。頼む――アーシャルの目が治るのなら、何でもする。だから、少しでも良くなる手がかりがあれば教えてもらえないだろうか?」


 頭を下げて頼む俺を、マームは忌々しそうに見つめた。


「頼む――この通りだ。もし教えてもらえるのなら、もう二度とここには来ないと誓おう」


 暫くじっと、マームの緑の瞳が、俺の低く下げた首を見つめる気配を感じた。


「本当に――二度と来ないのね?」


「ああ! 教えてくれたら、もう決して――」


 だけど喜びに驚いて顔を上げた俺の前で、マームの緑の瞳が妖しく輝く。緑の瞳が、面白そうに俺を見つめ、華やかな美貌を酷薄に歪めた。


「いいわ。それなら、教えてあげる――」


 告げられた言葉が信じられない。


「本当か!」


 やっと、アーシャルの目を治す手がかりが手に入る! 


 だから、俺はその時、マームが楽しそうにくすくすと笑っているのに気がつかなかったんだ。


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