第8話 この迷宮腐ってやがる
「竜! 次はどこに行けばいいんだ?」
暗いごつごつとした岩で造られた迷宮の中を走り抜ける。けれど走っている間にも、天井からはすぐに次の矢が顔を覗かせ、下を通る俺たちめがけて突き刺さってくる。
――おい。この岩、岩じゃないのか?
なんで岩の間からミミズのように矢が出て来るんだよ! 穴だってないのに!
よく考えれば、入り口の天井の矢もそうだった。ってことは、俺たちは今まさに正体不明の罠発生装置に囲まれていることになる。
焦りながら前を走る竜に尋ねると、息を切らしもしない表情で振り返って、通路の先にある扉を指差す。
「あそこ! あの扉の横に、上に通じる暗号があるから、それを解いたら二階に行けるよ!」
「よし!」
天井からまた落ちてきた矢に気がついて、走りながら剣を振るう。
「竜! ちょっとかがめ!」
俺の叫びと共に頭を低くした竜の髪すれすれに、抜いていた剣を横なぎに払う。天井から侵入者めがけて落ちてきた矢が、竜に刺さる寸前で俺の剣に当たり、横へと飛んでいった。
「大丈夫か?」
「うん。兄さん、ありが――と……」
「うん?」
変な言葉の途切れ方に横を見ると、竜は屈んだまま、自分の右足が踏んでいる髑髏が描かれた床石を見つめていた。
髑髏――これまた、罠ですといわんばかりの……
嫌な予感に引きつった瞬間、竜がえへと笑った。
「ごめんー踏んじゃった」
「お前。まさか、このいかにもなのって……」
「そう、罠。踏んだらあそこから大岩が転がって来るんだ」
「あそこ?」
指さされた先は、今自分達が走り抜けてきた道だ。その奥から、何かごうんごうんと大きな物が動く音がする。
「急いで! だいたい仕掛けが作動して転がってくるのに、三分ほどしかないから!」
「お前な! なんでそんなことを先に言わないんだよ!?」
「だって、生きるか死ぬかの目に合わないと思い出さないだろうし!」
「ここまできてもその理由か!」
叫ぶ間すら、必死で走る。
後ろから転がってくる以上、逃げ場所は前しかない。
汗が噴出すのもかまわずに通路を走り抜けると、急に通路がそれまでの岩から煉瓦造りに変わった。つまりここには、あの剣や矢が飛び出してくる仕掛けはないということなのだろう。
変わりに、後ろからローラーのように踏み潰そうと、巨大な岩が迫ってくるが! しかも何か白い骨のようなものがいくつもついているのが、今までの冒険者の末路を告げているようで肌が粟立つ。
「早く! そこの暗号! 答えいれて!」
「暗号って――」
どこだ!?
竜の言葉に、煉瓦の壁の途中に造られた扉に辿りついた俺は、必死で周りを見回した。
すると、扉の横にたくさんの石で造られたはめ込み式の壁がある。
「これか!」
どんな暗号だ!? 急がないと後ろから岩が――!
だけど壁に書かれた言葉を見て、俺は思わず動きを止めた。
「おい」
「兄さん、わかった!?」
「なんだ、これは?」
思わず声が低くなってしまうのは仕方がないだろう。壁に嵌めこまれた石は、簡潔に問題を俺に提示している。
5+3=□
「子供の算数じゃねーか!」
これのどこが暗号だ!?
「ごめん、兄さん。難しかった!? 前も解けなかったよね?」
「おれは、そんなに馬鹿じゃねえ!」
馬鹿にしている! 絶対にこの迷宮主は攻略者を馬鹿にしている!
上に並んだ0から9の数字や、!や?の記号が並ぶ石から、俺は8を取り出すと、答えの四角い欄にがんと嵌めこんだ。
それなのに、入れた瞬間、俺の顔を槍が掠めていく。
「おい」
暗号の=の下から不満そうに飛び出した槍を紙一重でかわし、俺は頬に薄く血の線を刻みながら竜を振り返った。
「あ、それ正解すると罠が飛び出すんだよ」
「ほーう。じゃあ、わざと違うのを入れるのか?」
腐ってやがる。この迷宮主の発想。
念の為いつでも罠に対処できるように身構えながら、今度は9の数字を入れてみた。途端に回り中の煉瓦から大ブーイングが起こる。
ばーか、ばーか、はーあか、ばあああか、ばあああああああああああか!
「この野郎。石相手だったら俺が遠慮すると思っているのか!」
「って、兄さん。煉瓦に怒っている間に、岩が来るよ!」
「じゃあどうしろっていうんだ!? 1か!? それとも7なら開くのか?」
「だからこういう場合は――素直に」
言いながら竜は壁に近づくと、並んでいる数字や記号から?の石を取り上げた。
「はい、わかりませんって入れればいいんだよ」
竜の握った記号が石の間に嵌るのと同時に、側の石の扉が音をたてて動き始める。
「おい、つまりこの迷宮製作者は俺たちが降参しないと通さない――そう言っているんだな?」
「さすが兄さん。昔と同じ見解だね」
竜は無邪気に笑っているが、もう大岩は俺達のすぐ側にまで近づいてきている。
地響きをあげて近づく音に、俺は竜の背中を押して、開いた扉の中へと急いで飛び込んだ。竜を岩から守るように背中へかぶさって、一緒に転がり込んだ瞬間、後ろでものすごい音をあげながら岩が転がっていく。
轟音をあげて転がっていく大岩を、俺は飛び込んだ弾みで打った頭の痛みに目を眇めながら見ると、隙間なく固められた骨の塊だった。
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