第3話店長とアルバイト

百瀬すずかは恐ろしいくらい優秀で、真面目な少女だった。 それはもうどちらが店長が分からないくらいである。

「店長! 五番さんから催促来てます!」

「五、五番ってーどこだっけ?」

「窓側の家族連れのお客様です」

「あ、あーそこねやっぱりねもうちょいで出来るから」

「急ぎでお願いします」

「……はい」

 パンを焼いて珈琲を暖めて、食器を洗って、遅いと急かされて、動きっぱなしで気持ちが腐ってしまいそうだ。

 それに比べて百瀬は元気で笑顔を振り撒き続けている。 特殊なバフかな。

「なら私も本気を出そう」

 昨日いざというときのために編み出しておいたとっておきーーその名も

「アクセル」

 呟いた瞬間、自分以外の動きが緩慢となった。 否、私が加速したのだ。 よし、これで


「休憩がとれる。 あー疲れた腹へったー」


 とりあえずハンバーグを油に突っ込んで、パティを焼いた。

 触れて、意識すれば個別に時間を動かせるから、実質魔力の続く限り自由に時間を使うことができる。

 悠々と休憩室のパイプ椅子に座って、テーブルに肘をつきハンバーガーにかぶりつく。


 しばらく休んだら百瀬に魔法のことを説明して休んでもらうつもりだ。 でも今は少しだけ横にーー


ーーーーーー


ーーーーーーーーー



「っやべ」

 意識が一瞬途切れ、慌てて顔をあげた。

「次は百瀬の番だな」

 眠気を振り払って休憩室を出るが、そこで違和感を感じた。 店内が静かすぎる。


「客がいない?」


 ホールに出ると客席には人っ子一人いなくなっていた。 そしてふと窓を見ると、外が暗い。 これは完全に寝過ごした、らしい。

 時計の短い針は11を指している。

 洗い場はきれいになっており、出しっぱなしだった食材類も全て片されている。 誰が、そんなの分かりきっている。

「悪いことしたな」

 そう呟いた時、客席の陰から白い足がスッと伸びた。

 まさかと思った。 しかしそのまさかだった。


「百瀬」


 百瀬は声に反応して、身じろぎして体を起こした。 そしてこちらをぼんやりと見つめ、徐々に表情が怒りへと変わっていく。

「店長なにしてたんですかっ大変だったんですよっ?!」

「ご、ごめん居眠りしちゃったみたいで」

「居眠りっ?! どうしたらあの状況でーーってヤバいもうこんな時間っ」

 百瀬は時計を見ると焦って立ち上がる。

「も、百瀬」

 荷物を乱暴に掴んで走っていく百瀬は、振り向かない。

 明日も来てほしい。 でも私にはそれを言う勇気はなかった。





「おはようございまーす」

 翌朝、百瀬はけろっとした様子でやってきた。 まるで昨日何もなかったように。

「も、百瀬お前どうして来てくれたんだよ……?」

「よくわかりませんが、今日もシフト入ってますよね?」

「あ、うん」

「じゃあ看板出してきますね」

「あ、はい」

 百瀬はそのままキッチンに入りホールへ出ていった。

 なにはともあれ百瀬が来てくれてよかった。


「店長、今日はサボらないでくださいね!」

「は、はい!」


 今日も一日頑張ろう、そう思う。

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