タクシーの排気音
最寄り駅に着いたとき、空はすでに夕暮れが終わり、夜の顔を見せ始めていた。
最寄り駅は地方都市の主要駅のような規模感で、ロータリーはそれなりに人や車で溢れている。タクシー乗り場にはさまざまな色のタクシーが列を成していたが、夏木さんのタクシーは見当たらない。
「この駅じゃないのか」
「いや、駅の中にいるのかも!」
「何のために?」
「うーん、買い物?」
このタイミングでそれはないだろう。
あたりを見渡す。老若男女、様々な人が歩いている。
「怪しそうな人は、いないか」
「んー、なんか怪しいと思えば怪しいし、普通と言われれば普通な感じもする……」
その通りだった。
見た目だけでは判断つかない。
そもそも、夏木さんがその人を撃つつもりだと言っていたから、犯人役の人にはそもそも殺意や悪意はさらさらないのかもしれない。
「やっぱりこの駅じゃないのかもしれない。他の駅に行ってみようか」
「でも、駅って言っても、いっぱいあるよ?」
切符売り場にいき、路線図を見る。
蜘蛛の巣のように広がる路線と駅。この中からどこなのかをピンポイントで選ぶのは、不可能に近い。
腕時計を見る。
時間が迫っている。
のんきにひと駅ずつ見て回るほどの余裕はない。
見つけられないかもしれない。
どれだけ説得できる言葉があっても、そもそも夏木さんを見つけられなければ意味が無い。
どうしよう。
どうすれば、俺は夏木さんを見付けられる。
どうすれば彼女は死なずにすむ。
「ゆうにゃん!」
考え込んでしまっていたようだ。
リコが俺の顔を覗き込んでる。
「ゆうにゃん、きっと大丈夫だよ!」
ぽん、と俺の肩に手を置いた。
「だってここはフィクションなんだよ? 何とでもなるよ!」
にゃは、とアホっぽくリコが笑う。
――リコ。
懐かしい言葉。
この作品が始まったとき、リコが言った言葉だった。
気付かないうちに、体に力が入っていたらしい。俺は一度、首をぐるりと回すと、ボキボキと関節が鳴った。
ふふ、と笑いがこみ上げてきた。
「……フィクション、か」
確かにそうだ、と思う。
ここはフィクション。ここまでいろんな人に出会ったり、他の作品に関わったりしてきたが、なんとかやってこれたのだ。
きっと大丈夫。
「ありがとう、リコ。その言葉、忘れてたよ」
「いえいえー。リコにゃんは、ゆうにゃんの相棒なんだよ? まかせてよ!」
「そうだな」
きっと大丈夫だ。
なんとかなる。
「じゃあ、タクシー乗り場の周辺にいる人に手当たり次第声をかけてみよう。同じ作品の人なら、夏木さんの名前を出せばわかるかもしれない」
「わかった! ――あ、」
リコが先に気づいた。
続けて俺も気づいた。
排気音が聞こえたのだ。
何十年も扱い慣れているかのような、滑らかなシフトチェンジの音。
洗車をしたのだろう。ボディについていたスス汚れは綺麗さっぱりなくなり、この短時間でワックスをかけたのかキラキラと輝くボディに傷の後は感じられない。
けれど、あの焼き付きそうなエンジン音だけは、変わらない。
間違いなかった。
夏木さんのタクシーだった。
夏木さんのタクシーが、ロータリーに入ってきた。
「ゆうにゃん」
リコがこちらを振り返った。
「ああ」
うなずく。
「作戦通り、俺がタクシーに乗り込んで夏木さんを説得するよ。リコは外でタクシーに誰も近づかないよう見張っておいてくれ」
「りょーかい!」
「頼んだぞ」
タクシー乗り場の近くでリコにそう告げ、俺は夏木さんの車へと走った。
夏木さんは列をなすタクシー乗り場の最後尾につけようとしているところだった。
目が合う。
運転席で、夏木さんの目が見開かれる。
――なにしてんの、
口がそう動いた。
と、同時に、エンジン音の回転音が増した。その場から立ち去ろうと思ったのかもしれない。
しかし、このチャンスを逃すわけにはいかない。
車道に出る。夏木さんのタクシーにの前に立つ。両手を広げる。
きいっ、とタクシーが急停車した。
夏木さんが窓から顔を出す。
「ちょ、ちょっとあんた、何してんのよ!」
「死なせない」
「はあ!?」
後ろのドアを開け、後部座席に乗り込む。
夏木さんが顔を真っ青にして振り返る。
「なに!? なんなの、まだなにか用? もうあなたたちに付き合ってられないのよ。さっき話したでしょ」
「分かってる」
「じゃあなんでこんなことするのよ!」
「決まっているじゃないか」
夏木さんの顔を見据える。
ショートカットの茶色い髪。さっぱりとした涼しげな目。その黒い瞳の奥に、焦りと怯えの感情が見て取れた。
「夏木さんを助けに来たんだ」
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