次の最善
夏木さんのタクシーが走り去っていった。
俺とリコは、大通りに立ち尽くしている。タクシーの排気ガスのにおいを鼻に感じながら、俺は自分の行動が正しかったのかどうか自問していた。
タクシーを返さなければならないと思った。
そのために、悪の組織のボスに掛け合ったり、側近さんを説得しようとした。借りた物を返さなければならないと思うのは至極当然のことだし、あのときの俺の行動が間違っていたとは思わない。けれど、
——もしも、
もしもあのとき、側近さんや魔王が、あのタクシーを破壊していたとしたら。
そうすれば、夏木さんは死なずに済んだのだろうか。
俺がしていたのは、彼女が死ぬ手助けだったのだろうか。
「ゆうにゃん」
リコが俺の袖の裾を掴んだ。
「ハルにゃん、死んじゃうの?」
「……」
ハルにゃん。
「……夏木さん、その呼び方嫌がってなかったか?」
「もしも、――もしも私が拳銃の弾を全部使ってたとしたら、もしも私が拳銃を窓から捨ててたら、ハルにゃんは死ななかったのかな」
リコの目尻には涙が浮かんでいる。
——リコ、
リコがこれほどまで狼狽えているのを見るのは初めてだった。あまり人の死というものを身近に感じることがなかったのかもしれない。
「私のせいなのかな……」
「いいや」
リコの肩に手を置く。
「リコは間違っていない。俺も間違っていない。ここまで俺たちは最善を尽くしてきたんだ。その結果がこれだったとしても、次の最善を選んで行動したらいいんだ」
——ハプニングは楽しまなきゃ。ここはフィクションなんですから。
ここに心優がいたら、きっと目を輝かせてそう言うのだろう。
「これまでもいろんな目にあったけど、その都度、なんとかしてここまでやってきたんだ。今回もうまく対処しよう」
「うまく?」
「ああ。それに夏木さんはフィクションがくだらないって言ってたけど、それは違う。フィクションは面白いんだ。俺はそれを見てきたんだよ。それを知らずに、この世界を終わらせるわけにはいかない」
「でも、——じゃあ、どうするの?」
「助けよう」
口から出てきた。
リコは、俺の言葉を聞いて、にっこりと笑った。
「うん!」
——今日の夜。8時ね。駅前でそいつを拾って、しばらく走ってから。
「駅前で犯人と合流するって言ってたよな。どこの駅だろう」
「さあ。とりあえず最寄りの駅に行ってみる?」
看板を見る。最寄駅はここから数キロ先。歩いてでも行ける距離にある。
タクシーやバスを利用しようかとも思ったが、そもそもフィクションの世界にあるものは全て何かしらの作品に関わっている。変に別の物語に首を出してしまうくらいなら、自分の足で向かう方が無難だ。
「走るぞ」
「うんっ!」
駅へと向かって、俺とリコは走り出した。
途中、リコが聞いた。
「でも、もし駅でハルにゃんを見つけられたとして、どうやって助けたらいいんだろう」
「とりあえず、拳銃を奪おう。そうすればひとまず彼女は死ななくても済むだろう」
「んー。でも、ハルにゃんはそれで納得するかな」
確かに、と思う。
強引な手を使って生き残ったとしても、夏木さんは後悔するかもしれない。できれば、前向きな気持ちで助けたい。
「じゃあ、俺が夏木さんを説得する。このさき、俺たちと一緒にストーリーを作ろうって。きっとそれは、楽しいからって」
にゃは、とリコが笑う。
「面白そう!」
「俺がタクシーに乗り込んで夏木さんを説得している間、リコは車の外で犯人役の人が来ないように見張っていてくれ」
「わかった!」
リコはうなずいた。やがて、にゅふふと意味ありげに笑った。
「なんだよ」
「なんか、ゆうにゃん。かっこよくなったにゃー」
「はあ?」
「心優ちゃんが誘拐された時はすごく動揺してたけど、今は落ち着いてるっていうか」
そうなのだろうか。
あまり自分ではわからない。
「――とにかく、急ごう」
「うんっ!」
時間は限られている。
1分でも、1秒でも早く、夏木さんを見つけなければ。
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