悪の組織のアジト

 側近さんの後を追って洞窟のような廊下を進む。


 しばらく歩いてわかったが、アジトは岩で出来た宮殿のようだった。硫黄の香りが鼻をつくと思ったら、窓の外でマグマが流れているのが見えた。どうやらこのアジトの周辺はマグマで囲まれているようだ。


「すごいねっ! ゆうにゃん!」


 まるで社会科見学で施設を見にきている学生のような、キラキラとした目でリコが言った。


「悪の組織って感じがするね!」

「確かにな」


 さっきまで、普通に町中にいたのだ。

 突然こんな舞台に来ると、本当に別世界に来た気がする。異世界転生した人も、転生直後はこんな気持ちなのかもしれない。


 溶岩の固まりのような階段を登りながら、先頭を歩く側近さんがこちらを振り返って笑った。


「よかった。少しでも楽しいと思ってくれたなら僕も嬉しいよ。いつも、嫌な顔しかされないからね」


 側近さんの言葉に、少しだけ寂しさが垣間見えた。


「いつからこの作品をしているんだ?」

「さあ。いつからかな。もう覚えてないよ」

「すごいな。よくそれで飽きずに続けられるな」

「いや飽きるけどね」


 当たり前のように側近さんが返した。


「ときおり、悩むことがあるよ。こんな同じことばっかりしてて、本当にいいのかなって。いつまでこんな嫌われ役やらなきゃいけないんだろうって。途方に暮れることもあるかな」


 やっぱり、そうなのか。


「でも、そんなこと言ったら、魔王様からお叱りを受けてしまうからね。我慢してるんだけどさ」

「じゃあさ、」


 リコが側近さんに話しかけた。


「たまには違うことしてみるとかどう? わざとハプニング起こしてみるとか!」


 側近さんが虚を突かれたような顔をした。


「ハプニング?」

「うん。だってせっかくのフィクションなのに、よていちょうわ、じゃあつまらないでしょ。なにかいろいろとハプニングが起きて、そのハプニングをカバーしようとしてあれこれするから面白いんだよ。ね、ゆうにゃん」

「……」


 ——こいつ、

 明らかに、心優に影響を受けている。


「ハプニング、か……。でも、ハプニングが起きてしまうと、大変なことになるんじゃないかな」

「大丈夫だよ。だってここはフィクションなんだもん。なんとでもなるよ!」


 あっけらかんと言うリコに、側近さんは笑った。


「面白い考え方だね。僕らは基本的に、いつもどおりのストーリーになることを心がけてきた。子供向けの番組だからね。あまり奇抜なことをすると子供たちもびっくりしてしまうかもしれないと思って。だけど、いつもと違うっていうことを、極端に恐れなくてもいいのかもしれないね」


 すんなりと受け入れてもらったことが嬉しかったのかもしれない。リコは上機嫌な様子で鼻歌を歌っていた。


 しばらく歩くと、大きなドームのような空間に出た。


「わあ、広ーい」


 リコの声が反響している。


「ここは、いつもハッピーマンたちと戦闘する場所なんだ。——ああ、あそこ」


 側近さんが指差す方向を見ると、一区間だけ舞台のように競り上がっている場所がある。


「誘拐された人たちは、いつもあそこにスタンバイしてもらっている」

「スタンバイ?」

「そう。ハッピーマンがこのアジトに来たとき、あの場所で助けを求めるんだ。『ハッピーマン、助けてー』って。本来なら、君たちもロープで両腕を縛って、あそこにいてもらうつもりだったんだけどね」

「あれはなに?」


 リコが指差す方を見ると、大きな岩の塊が置いてあった。


「ああ、あれはただの重石だよ。体を鍛えるために使ってるんだ」

「へー。ダンベルみたいな?」

「そうさ」


 リコが重石に近づいた。持ち上げようとして、


「う、重い!」

「そりゃね。僕だって持てない。これはフラン、——僕と一緒にいた大きな体の人、いただろう。あいつしか持てないよ」


 あの木の幹ほど太い腕をした、2メートルを越える大きな生き物のことを思い出した。


「フランって名前なのか。今どこにいるんだ?」

「さあ。どこだろうね」


 側近さんが首をかしげた。


 俺もリコに続いて、重石を持ち上げようとしてみた。が、当然びくともしない。

 そもそも、人が持つ持たないというレベルの話ではなく、まるで100年も前から置かれていたかのように、動く気配がない。


「にゃはは! ゆうにゃん情けない。もっと鍛えなきゃ」

「無茶言うな。こんなもの、俺がどれだけ頑張ったって持てるわけが――」


 言葉を失う。

 そのとき、リコは気付いていなかった。のんきな口調で、


「みんな、やっぱり体を鍛えてるんだね。心優ちゃんもダンベル持ってたし。私も鍛えなきゃいけないかな。——え? どうしたのゆうにゃん? そんな変な顔して」

「……いや、その」

「そんなに!? そんなに私だらしない身体してる!?」

「……そうじゃなくて」


 リコのすぐ後ろに、2メートルを越える大きな体の生き物——フランが立っていた。


 そして、フランはまるで子供に「いないいないばあ」をするように、顔の前で両手を広げて、大きな声で叫んだ。


「バアアアアアアアアアァ——————っ!!」


 ど迫力だった。

 事前に気付いていた俺ですら、腰を抜かすくらい驚いた。

 リコの驚きは計り知れないだろう。


「に゛ゃあああああああああ——————――っ!!」


 リコの悲鳴が、ドームに響き渡った。

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