フランクな悪役

 転げるようにして、リコが俺にしがみついた。


「なななななに!? なに!?」


 リコの指が俺の二の腕に食い込んでいる。が、俺もそれを指摘する余裕はなかった。俺も腰が抜けていたのだ。


 フランは継ぎ接ぎだらけの顔をゆっくりとこちらに向け、ギョロリとした目で俺とリコを交互に見ると、こちらへと歩き出した。


「ちょ、ちょっと待ってくれ」


 俺の声が震えている。

 フランはその巨体を揺らしながら、ゆっくりとこちらに近づいている。重みを感じる足取り。一歩進むごとに、地面が揺れる。


 心臓が高鳴る。

 後退りしようにも、リコが俺の腕にしがみついていて動けない。


 一歩、一歩、地面の揺れが大きくなる。アホみたいに惚けたまま、俺とリコはその場に座り込み、フランが近づいてくるのを見ている。

 目の前までくる。


 そして、フランが口を開いた。



「びっくりした?」



 あまりにさらりと言うものだから、その言葉の意味を理解するのにかなりの時間がかかった。


「———へ?」


 ものすごく間抜けな顔をしていたのかもしれない。

 俺たちの顔を見て、フランが「わっはっは」とのけぞって笑った。

 

「いい反応をしてくれてうれしいよ。驚かした甲斐かいがあったってもんだ」

「は、——話せるのか?」

「おう」


 つぎはぎだらけの顔を、クシャっとほころばせる。

 差し出された太い腕を取り、俺とリコは立ち上がった。


 そこでようやく、彼が俺たちをからかっていたことに気付いた。驚かせようとして、物陰に隠れていたみたいだ。


 横でリコが涙目になって、


「や、——やめてよぉ。びっくりするよぉ」

「そうだ。フラン。それはダメだ」


 側近さんが叱るような口調で言った。


「もっと、後ろから回り込むようにして驚かせなきゃ」

「そっち!?」


 どうやら、側近さんはフランが隠れていたことに事前に気づいていたようだった。

 フランは一通り笑うと、満足そうに鼻から息を吐いた。


「まあ、ちったあ怖がってもらわないと。こっちは予定狂うし車も失うし、なにより死ぬかと思ったんだから」


 どうやら、今日のカーチェイスのことを言っているようだった。


「これまで、こういうことはなかったのか?」


 俺がそう聞くと、側近さんが天を仰いだ。 


「うーん、たまに邪魔されることはあったけど、車を撃たれる経験はなかったね」

「いや本当だよな」


 フランがうなずいた。


「なんかまあ、後ろからタクシーが追ってくるなあとは思ってたけど、まあ追いつけないだろうなって思ってたのよ。これまでも追いつかれたことないから。そしたら、突然、銃で撃たれるっていう。あれはびびり倒したよな」

「さすがに逃げちゃったよね、僕らもね」


 話してみたら、このフランと呼ばれた大柄な生き物は見た目からは想像がつかないくらい気さくな性格をしていた。

 まず、ここにいた理由からしておかしかった。ハッピーマンたちがいつ来ても言いように、身体を仕上げていたのだという。


「ほら、良い感じに胸がパンプアップしてるだろう?」


 フランが、くい、くい、と胸を動かした。

 良い感じ、どころではない。盛り上がりすぎてはち切れないか心配になるくらい大きな大胸筋である。ここまでデカいと逆に怖い。


「本当にこれって持てるのか?」

「もちろん」


 フランが両手で重石を掴むと、重石はいとも簡単に地面から離れた。そのまま何度か上下に持ち上げ、地面に置いた。


 もう、感覚が麻痺してきた。

 

「これだけ力が強いなら、ヒーローのことも簡単に倒せると思うんだが」

「あたりまえだろう」


 フランが鼻で笑った。


「俺がハッピーマンたちに負けるかよ。こっちが本気出せばあいつらなんてワンパンよ、ワンパン。楽勝よ」


 シュッシュッとパンチをする仕草をフランがした。軽い動作だったが、ブンブンと風を切る音がその強さを物語っていた。


「魅せる勝負っていうのはな、負ける方に技術が必要なんだ。勝つほうに実力があっても、負ける側が下手だとかっこ悪いからな。プロレスだってそうだろ? プロが素人を殴っても、痛々しいだけ。逆に、素人がプロを殴ったときは、受ける側がきれいに食らってくれるから、しょぼいパンチでもすごいパンチだったように見えるんだよ」

「それに、ハッピーマンたちは本気で僕らのことを倒そうとしてやってくるからね」


 横で側近さんがうなずいた。


「彼らの攻撃をまともに食らってちゃ、怪我しちゃう。上手に急所を外して、上手に飛んで、上手に受け身を取らなきゃいけないんだ」

ハッピーマンたちあいつら俺たちにめちゃくちゃしてくるからな。手加減もなし。これで実力が対等なら死んでるっての。デコピンで倒せるくらいの実力差くらいでちょうどいいんだよ。ぴーんってな」


 リップサービスのつもりだろうが、多分本当にそうなんだろうなと思った。


「で?」


 フランが側近さんを振り返った。


「どうして彼らを連れてきたんだ? もう縛るのか? ハッピーマンたちが向かってるってことか?」

「いや。彼ら、特別な事情があるみたいで。魔王様に直談判してもらおうと思ってね」

「魔王様に?」


 フランが目を丸くして、


「なんだ、君ら。魔王様に会いに行くのか? 怖いもの知らずだな」


 フランが大袈裟に震え上がるような仕草をした。あまりに大袈裟なので、冗談だということはわかった。


「気をつけるんだぞ。魔王様の前で下手なことを言ったら石にされちゃうからな」

「そ、——そうなの?」


 リコは間に受けたみたいだった。顔を青ざめて、


「私たち、石にされちゃうの?」

「されないよ、大丈夫だよ」


 側近さんがたしなめる。


「もう、本気にするだろ、フラン。やめろよ」


 ふふん、とフランが笑った。


「ま、君たちが食べられないように祈っているよ」

「た、食べられちゃうの?」とリコ。

「食べられないよ」と側近さん。


 フランとはそこで別れ、俺たちは魔王の部屋へと向かった。


 魔王の部屋は、城の最上階にあった。階段を上り、岩肌のようなゴツゴツとした廊下の突き当たりに、派手な模様の扉があった。遠目に見ても、特別な部屋だとわかる様相をしている。


「さあ、ついたよ」


 扉の前まできて、側近さんが振り返った。そして、「じゃあ、いくね」という目配せをして、扉をノックした。ノブを回す。


「失礼します。魔王様」

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