ラブコメの始まり
「私たちは教室で待機するので、先に行きます。私たちの教室は2階なので、お願いしますね。じゃあ、また後ほど」
そう言い残して、心優はカスミと一緒に先に控え室を出た。俺もそのすぐ後に、2階に降りた。
階段を降りて、廊下を見渡す。
モダンな雰囲気をした宮森学園の廊下。新歓祭が控えているということで、廊下にいる学生は出し物や看板の準備をしている。
活気に溢れた声が飛び交っている。
おそらく、俺の目の前に広がっているのは、何気ない学校のワンシーンだろう。世界中にどこにでもある青春の1ページにすぎない。学校にいったことのある人なら、誰だって経験しているに違いない。
けれど、部外者の俺からしたら、ものすごく特別なものに見える。
ありふれた学校の廊下が、とてもまぶしくて、廊下にでることを躊躇ってしまう。
——あんたなんか、どうせ目立たないんだから、なにも考えずに歩いておけばいいのよ。
カスミの言葉が頭を過ぎる。その通りだ。
大丈夫。
モブに徹して、物語を彩る背景に成り切ればいい。俺にはセリフもなにもないのだから。
俺は足を踏み出した。
廊下に出る。
俺のすぐ横を、バレーボールを持った生徒が駆けていく。廊下にはいろんな人がいる。新歓祭用の出店の看板を作る人。衣装を作っている人。手すりにもたれかかって会話をする人。ダンスの練習をしている人。
すごい、と思う。
すごい、すごい。
——学園ドラマだ。
自ずと口角が上がりそうになる。なんとか、表情を押し殺す。俺はモブだ。誰かと一緒にいるならまだしも、一人で廊下を歩きながらニヤついていたら、明らかに怪しい。
俺はただ廊下を歩くだけの新入生。
表情も必要ない。
ボーッと、心優たちの教室の前まで歩いておけばいいのだ。
——ん?
心優たちの教室?
そういえば、心優たちの教室ってどこだっけ。
2階であることは聞いたのに、肝心のクラスを聞くのを忘れていた。
俺は立ち止まった。
さっき心優がしたように、誰かに聞いてみようか、と思う。
が、誰に話しかけていいのかわからない。如何せん、俺には周囲にいる人がモブキャラかどうかわからないからだ。これだけ廊下には人がたくさんいるのだから、まさか話しかけた相手がたまたま主人公だったなんて可能性は限りなく低いだろうが、しかしゼロではない。
そもそも未だに俺は『雪ちゃん』とやらがどんな見た目をしているのか知らないのだ。
「そんな不安そうな顔で廊下に立ってたら目立ちますよぅ」
「うわあっ」
すぐ横から声をかけられた。飛び上がった。
「しー! しー! 静かにしてください!」
ルルだった。
ツインテールをくるりと揺らし、腕を組んで俺の方を見ている。
「す、すまん。どうしてここに?」
「もう。心配だったから見にきたんです。ココ先輩に迷惑かけないでくださいよぅ」
なんとまあ、できた子なのだろう。
「雪先輩がもうすぐ到着するので、手短に説明しますっ。ココ先輩の教室はA組です。廊下の突き当たりにA組のクラス札が出てるの見えますか?」
見える。一番奥の教室だ。
「その教室の前で白いペンキを持っている人、見えますか?」
見える。A組のすぐ前だ。ブラシを持って、木の板を白く塗っている学生がいる。
「あの人、ルルと仲が良いので、一緒に作業させてもらってください」
「わかった、ありがとう」
「あ、あ。——ちょっとまってください」
ルルが何かから隠れるようにして俺に身を寄せた。
「ど、どうした?」
「
ルルが耳に手を当てている。何かを聞いているようだった。
「
「もう来るのか?」
「はい。仕方ありません。ここでモブになってください」
「わかった」
俺がすぐ横にいたエキストラに紛れると、ルルも俺の影に隠れるようにしてしゃがみ込んだ。
「来ますよ、——さん、にぃ、いちっ」
——来た。
階段から、一人の男子高校生が廊下に出てきた。
中性的な顔つき。さらりとした前髪。ちょっとだけ優柔不断そうな、でもみんなから愛されそうな優しげな見た目。
別に特別スタイルがいいとか、飛び抜けてイケメンというわけではないのだが、どこか目を引く。同じ主人公として悔しいが、これが華がある、ということなのだろう。周囲のエキストラたちは変わらず日常を送っているが、ちょっとだけ緊張感が漂ったように俺には感じた。
『おいくし』の主人公だ。
小鳥遊雪斗はちょっとだけくたびれた様子で頭をかき、俺たちの横を通ってA組へと歩いていった。俺たちに気づいた様子はなかった。
「……んふふ、やっぱり疲れ気味ですね、雪先輩。いっぱいペンキ持たせちゃったから」
俺の影からこっそり顔を出して、クスクスとルルが笑った。そして、もう一度耳に手を当てて、
「ココ先輩たち、聞こえますか? 雪先輩、2階西棟廊下を移動中です。教室到着まで、間も無くです。頑張ってくださいねっ」
俺は小鳥遊雪斗の後ろ姿を目で追った。
小鳥遊雪斗がA組の教室前までいく。そして、教室の引き戸に手をかけ、開けた。
遠目ではあったが、俺はその瞬間の小鳥遊雪斗の表情をよく見ることができた。小鳥遊雪斗は目を見開き、「えええっ」と悲鳴を上げてのけぞった。
教室には、着替えている最中の心優がいた。
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