おいくしのヒロインたち

 控え室には、数十人の女子生徒がいた。

 部屋に入ってきた心優と俺をみんな見ている。


 ——これが、この物語のヒロインたち。


 女子からの視線にドギマギしていると、一人の女子が駆け寄ってきた。


「心優、あんたこんな時間までどこ行ってたのよ。ゆきが探してたわよ」

「あ、カスミさん」


 心優がその声の主に対してそう呼んだ。


 ——カスミさん?


 聞いたことある名前だと思ったら、心優が彼女の部屋で言っていた人だった。心優の恋のライバル役の人だ。


 ——ここにカスミさんがいたら、朝まで説教されちゃいます。


 カスミと呼ばれた彼女もまた、とびきりの美少女だった。

 きりっとした強気な目、肩にかかるボブヘア。身長は心優の肩ほどで、華奢な体つき。よく通る高めの声。口元から覗く八重歯。

 心優とは違うタイプの、活発そうな美少女だ。


「ごめんなさい、カスミさん。ちょっと誘拐されちゃってて」

「誘拐? また?」


 はあ、と大袈裟にカスミがため息をついた。


「心優。あんたさ、そうやって別の物語に首突っ込むのやめなよ。最近、出番少なくて影薄いよ」

「——ごめんなさい」

「謝ればいいって訳じゃないからね。本当に申し訳ないと思うなら行動で示しなさいよ」


 腕を組んで、カスミが厳しい口調で言った。俺の方をちらりと見て、


「で、そちらの方は?」

「この方は私を助けてくれた人です。お礼に、私たちの作品を見てもらおうかと思って」

「はあ? あんたまた勝手なことして」


 カスミが俺をキッと見つめた。まっすぐな目線に、思わずたじろいでしまう。

 こちらがお邪魔している立場なので、俺は頭を下げた。


「あ、――よろしくお願いします」

「ふん」


 カスミは俺の言葉には応えず、ふいと顔を背けた。心優に向かって、


「華のない男ね。まあいいわ。変に目立たれるよりましだしね。いい? 心優。そいつに余計なことさせないでよ。物語がダメになったら、あんたのせいだからね」

「まあまあ。わかってますって」


 心優が諭すようにそう答えたら、カスミは一度俺の方を睨んで、その場をさっていった。


「……俺、本当にここに来てよかったんだろうか」

「すみません。カスミさん、誰に対してもあんな感じなんです」


 心優がフォローするように言う。

 なんとも言えない気持ちになっていると、控室の扉がガラリと開いた。


「あ! センパーイ!」


 控え室に入ってきた背の小さな女の子が、心優に気づいて走ってきた。


「ココ先輩! やっと会えましたぁ! どこ行ってたんですか!?」

「ルルちゃん。ごめんね」

「ルル、ココ先輩がいなくて寂しかったですぅ」


 ルル、と呼ばれた少女が心優に抱きついた。胸元にすりすりと頬ずりをする。身長は心優の胸元くらいで、髪型はツインテール。跳ねるような声が特徴的だ。


「さっきまで雪ちゃんと美術室に行ってたでしょう」

「はい!」


 部屋に響き渡るくらい、よく通る声でルルが答えた。


「出し物でつかうペンキを取りに行ってたんです! 雪先輩がトイレから出てくるところを待ち伏せて、手伝ってもらいました! 新歓祭の準備、大変だったんですよぅ。教室と美術室を何往復もして、ペンキいっぱい持って、もうヘトヘトでしたぁ」


 うええ、とルルが涙ぐんだ。


「ごめんね、ルルちゃん」

「えーん。せんぱーい」


 よしよし、と心優がルルの頭を撫でている。


「感謝しなさいよ」


 カスミが戻ってきた。


心優あんたがいないから、ルルが雪の面倒ずっと見てくれてたのよ」

「いやあ、いつもごめんね。ルルちゃん」

「いえいえー、私も今日は出番いっぱいあって楽しかったですぅ」

「さすがルルちゃん、頼りになる」

「えっへん!」


 ルルの顔に笑みが戻る。

 そんなやりとりを見て、カスミがため息をついた。


「のんきなこと言ってないでよ。あんたメインヒロインでしょ。雪はいま移動中。教室に向かってる最中なんだからね。雪が自分の教室に戻ったら、私と心優あんたの二人で雪に接触するから。午前中いなかった理由、ちゃんと考えといてよ」

「了解。ありがと、カスミさん」


 心優がそう答えて、俺の方を向いた。


「じゃあ、裕介さん。これから私は物語に戻ります。これからのシーンは私たちの教室が舞台になるので、裕介さんは新入生のふりをして、廊下から私たちのことを見ておいてください」

「廊下から? 心優たちの教室を覗き込んでたらいいのか?」

「まあ、適当に作業しながら、不審じゃない感じでお願いします。目立つ行動はやめてくださいね。モブになりきって、物語の背景になっていてください」


 ——不審じゃないようにって。


 突然緊張してきた。

 これから俺は一人でこの学校で動かなければならない。

 よく考えたら、俺はこれまで、リコや心優がそばにいてくれた。こうして一人で動くのはほとんど初めてだ。

 もしも俺の行動のせいで、彼女たちの物語を邪魔してしまったら。


「なにその面。あんたなんかどう頑張っても目立たないんだから、変に気張らずにボーッと廊下あるいとけばいいのよ」


 呆れた口調でカスミが言った。もしかしたら発破をかけてくれているのかもしれなかった。


「わ、わかった」

「じゃあ、行きましょう」


 心優がそう言って、控え室の扉を開けた。

 その背中に、ルルが言葉をかける。


「頑張ってくださいね、ココ先輩!」


 ぴょんぴょんとルルがジャンプして、その拍子に彼女のツインテールが揺れた。

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