突然の侵入者
「えっ?」
きょとんとした表情を浮かべて、心優が振り返った。心優は純白のブラジャーとパンツだけを身に纏った状態で、手には何かエプロンのようなものを持っていた。
「ゆ、雪ちゃん!? いやああっ! 見ないで!」
廊下に心優の声が響き渡った。
——おお、すごい。
思わず感嘆の声が漏れてしまいそうだった。これも全部作り物だと分かっているが、今のセリフは完全に突然裸を見られて恥ずかしがっている人のそれだった。
にしても、さすがラブコメのヒロインである。
毎日鏡で確認しているだけあって、スタイルは抜群だ。
「えええっ!? ご、——ごめん!」
小鳥遊雪斗がバタンと教室の引き戸を閉めた。
なんとまあ、純な主人公なのだろう。
小鳥遊雪斗が顔を真っ赤にして、
「え? え? っていうかどうして心優が? 午前中どこにいってたんだよ」
「こらぁ! 雪! あんたまた心優の着替えを覗いたでしょ!」
教室のもう一方の扉から、勢いよくカスミが出てきた。
いつの間にか、カスミはメイド服に着替えていた。おでこにカチューシャをつけている。
「ち、違うんだ。誤解だよ! 僕もまさかこんなところで着替えているなんて知らなくて!」
小鳥遊雪斗が両手をブンブン振って弁解する。
まあ、そうだよな、と思う。
まさか、自分が教室に入ってくるのを下着姿で待ち伏せしていたなんて、彼は夢にも思っていないだろう。
「なんで!? なんでいつも心優が着替えてる時ばっかり覗くの!? 心優の着替えなんて家帰ったらいくらでも見れるじゃない! ばか! 狙ってるんでしょ! ほんとキモいんですけど!」
「た、たまたまなんだって! わざとじゃないんだってば!」
「じゃあ、——たまには、私の着替えだってのぞきなさいよ!」
「いや何言ってるの!?」
カスミはカスミでぶっ飛んでいた。
なんだろう、さっきまで控え室で見ていた彼女とは全然違う。完全にキャラをまっとうしている。
「というか、カスミ。その服装は?」小鳥遊雪斗が聞いた。
「はあ? メイド服にきまってるじゃない。私たちのクラス、メイド喫茶するから、衣装の試着してるのよ! ——なに? そんなに鼻の下伸ばして。ふふん、そんなに似合ってるって言いたいの?」
「うん。すごく似合ってるよ」
さらりと答える小鳥遊雪斗。なるほど、彼は彼でフラグを立てる才能があるらしい。さすがラブコメの主人公。
「はあ? はあああ!?」
カスミは顔を真っ赤にしている。もう俺には、その感情が
「別に雪のために着たわけじゃないんですけど!? なんなのマジで! 図に乗るのもいい加減にしなさいよ! 似合ってる? はああ!? もうほんとキモいんですけど! もう、——はあ、でもまあ、そんなに着て欲しいなら、これからも着てあげても、いいけど……」
カスミが頭から白い煙を出して俯いていると、教室の引き戸が開いた。
「ごめんね、雪ちゃん」
心優が出てきた。カスミと同じく、メイド服を着ていた。
遠目からでもわかる。とてつもなく似合っていた。
「えっと、どう、……かな?」
少し不安そうな表情で、ちょっと上目遣い。頬を染め、スカートをつまんだ。
カスミのときとは違い、小鳥遊雪斗は少しドギマギした様子で、頭をかいて、
「まあ、えっと。——うん、似合ってる」
「本当? よかったぁ」
心優が柔和な笑みを浮かべた。くるりと一回転して、スカートの丈がふわりと舞った。
「今日の午前中、この腰のところのリボンを買いに行ってたの。ごめんね、私がメイド服着ること、内緒にしてて。雪ちゃんにびっくりしてもらいたくて」
「なんだよ。……べつに内緒にすることはないのに」
そう言いながら、満更でもなさそうな小鳥遊雪斗。
2人が見つめ合う。
——なんだろう。
なんだか、遠目で見ているこっちまでドキドキしてきた。
「ああぁあぁ。ココ先輩。
俺のすぐ横で、ルルが頬に手を当てて、「はあ」と感嘆のため息をついた。
「可愛いなぁ。好きだなぁ。ルルのヒロインになって欲しいなぁ。——うぉ、びっくりした」
ルルがハッを耳を押さえた。どうやらどこかから連絡が来たみたいだ。
「はーい、ルルですぅ。——はい。今いいところですけど。え?」
ルルが目を丸くした。
「侵入者?」
はい、はい、とルルが真面目そうな表情で呟いている。
「今どこです? はい、——西棟入り口? あ、だめです。
「誰か来たのか?」
俺が聞いたら、ルルが眉間にシワを寄せながら、
「侵入者です。強引にこの学校に入り込んできたみたいです。いまこの棟の一階にいるとのことです」
——もしかして、
心優を誘拐した奴らのことが頭をよぎった。
ルルが悔しそうに舌打ちした。
「くそぅ。いいシーンなのにぃ。雪先輩を別の場所にうつさなきゃ。——すみません。
ルルが再び耳を押さえた。一階のエキストラから連絡が来たみたいだ。
「はい。——え、もう? いや、少し時間を稼いでもらわないと。見た目は? はい、——ピンク色のツインテール?」
「……え?」
声が出た。
俺の顔を見て、ルルが聞いた。
「心当たりはありますか?」
ある。
思いっきり、ある。
「……いや、いやいやいや。まさかね」
落ち着け、俺。
大丈夫。大丈夫だ。まさかあいつもそこまで無茶なことはしないだろう。車の中で待ってくれているはずだと——
「——にゃん! ゆうにゃーん!」
声が聞こえた。
聞き覚えのある声だった。
A組横の階段から、その声は飛んできている。こちらに近づいてきている。
周囲が、ざわつき始める。
「ゆうにゃーん! ゆうにゃーんどこー! ——あっ! いた!」
嫌な予感がした。
いや、予感なんて生温いものではなかった。
けれど、脳が認めることを拒否していた。
恐る恐る、振り返る。
A組のすぐ横の階段の前だった。
ピンク色の髪の毛の人物がいた。
しかもそいつはツインテールだった。
メイド服まで着ていた。
見間違いようがなかった。
リコだ。
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