第2章 ヒロインの役割
ラブコメのヒロイン
「え? 幼なじみと、……なんだって?」
「『幼なじみと一緒に暮らすことになったんだけど質問ある?』です。通称『おいくし』。ハプニング多めのラブコメ作品です」
「おいくし?」
「はい。『幼なじみと一緒に暮らすことになったんだけど質問ある?』の頭文字を取って、『おいくし』です」
なんという独特な略称の付け方だろう。
「それで、藍見さん、——えっと、
「心優、でいいですよ。ありがたいことにメインヒロインをさせてもらっています。ただ、登場人物がたくさんいて、最近は他のヒロインに出番を食われ気味なので、もっと頑張らないといけないんですけどね」
「もしかして、雪ちゃんっていうのは」
「そうです。
なんとまあ、彼女と同棲できるなんて、なんて恵まれた主人公だろう。
「でも、なんでその、『おいくし』? のヒロインがここにいるんだ? 別の作品なのに、いても大丈夫なのか?」
「それは大丈夫です。というより、フィクションの世界は繋がっているので、いろんな作品の登場人物がそこら中にたくさんいますよ。さっきの誘拐犯も、おいくしとは別の、何かの作品の登場人物だと思います」
ちょっと混乱してきた。
顔に出ていたのかもしれない。助手席に座っているリコが、
「ゆうにゃんも、フィクションの登場人物でしょ。そしてゆうにゃんの物語を作ってる。それと同じだよ。ここはフィクションの世界だから、いろんな作品が作られているんだよ。心優ちゃんは別の作品に出てくるフィクションの登場人物。さっきの誘拐犯も、また別の作品の登場人物なんだよ」
「じゃあ、本当に、さっきの誘拐犯は心優とは関係のない人なのか?」
心優はこくりとうなずいた。
「そうです。少なくとも私たちの作品とは関係のない人です。さっきの人たちが何者かは知りませんが、あの人たちはあの人たちの物語があって、誰かを誘拐しなければいけない事情があったんだと思います。それで、私はそれに巻き込まれてしまった、って感じですね」
「そういうことって、よくあるのか?」
「まあ、そうですね。特に私は多いかもしれません」
恥ずかしそうに心優が笑った。
「私、ハプニングが好きなんです。何か面白そうなことをしていたら、無意識に巻き込まれにいってしまうというか、参加したくて仕方がなくなるんです。そういうのって、周囲の人にも伝わるみたいで。だから、自ずとそういう事態が私の方に寄って来てしまうんです」
「そうだったのか。——もしかして、助けない方が良かったのか?」
「あ、いえ。今日は学校に行く必要があったんで、助かりました。私にも私たちの物語があるので、あのままだったらとても大変でした。ありがとうございます」
決死の思いで行動したにもかかわらず、なんとも言えない気持ちになっていると、助手席のリコがパチンと手を叩いた。
「ゆうにゃん、いいこと思いついた!」
「なんだ」
「にゅふふ、せっかくだから、私たちにラブコメの方法を
「誰と誰のラブコメなんだ」
「そりゃあ、決まってるじゃない! ゆうにゃんと、リコにゃんの、ら、ぶ、コメディ、だよっ。——ね、いいでしょ? 心優ちゃん!」
リコが心優を振り返る。
「リコさんがラブコメを? 本気ですか?」
「もっちろん! もう、あつあつでラブラブなラブコメやっちゃうよ!」
「本気で、ラブコメがしたいって思ってますか?」
芯の通った強い口調だった。心優の顔からは、先ほどまでの愛嬌ある笑顔は消えていた。リコを見るな眼差しは真剣そのものだ。
「え? いや、うん。ラブコメしたいけど」
心優の真剣な口調に、リコがすこし戸惑うように答えた。
「ラブコメを最後までやる覚悟は、ありますか?」
「覚悟? ……ラブコメって、普通に恋愛したら良いんじゃないの?」
リコの言葉に、一切の悪意はなかった。
けれど、その言葉を聞いて、心優の瞳に、一瞬熱い感情が宿った。
「ラブコメを、あまり舐めないでください。これまでにも『ラブコメしたい』っておっしゃる方は結構いました。ラブコメだったら恋愛するだけだからって、すごい軽い気持ちでラブコメに参加されるんです。でも、いざ作品が始まったらツラいツラいって文句ばかり言ってて。私は、そういう人を見るのが辛いんです」
「……え? どういうこと?」
「ラブコメのヒロインって、体力も知力も使うんです。入念な準備と絶え間ない努力も。受け身で気ままに恋愛してたらなんとかなるだろうって考えているなら、すぐにやめてください。後になって後悔して、裏で泣いている人を、私はたくさん知ってます」
あまりにもまっすぐすぎる言葉に、リコも俺も圧倒されてしまった。
「……そうなのか。それは知らなかった。でも、何がそんなに辛いんだ?」
「知りたいですか?」
心優の大きな目が、こちらをじっと見ている。
「ラブコメがいかに難しくて、どれだけ大変で、そしてどれだけやりがいがあるのか。知りたいですか? 見てみますか? ラブコメのヒロインたちの努力を」
彼女の瞳に、吸い込まれるかと思った。
気づけば、俺は「ああ」と呟いていた。心優の大きくて愛嬌のある目の奥に、確固たる意思があった。
「じゃあ、一緒に学校にいきましょう。宮森学園には雪ちゃんもいます。私以外のヒロインもたくさんいます。そこで、私たちがどうやってラブコメをしているのか、見てください」
「わかった」
有無を言わせない口調。俺はタクシーのエンジンをかけなおし、シフトレバーをローに滑り込ませた。
「あ、でも」
後部座席から、心優の声。
「その前に、まずは私の家によってもらえますか。服を着替えなきゃ」
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