ひと段落
「ゆうにゃん、お疲れさまっ」
運転席でぐったりとハンドルにもたれかかっていると、リコが缶コーヒーを買ってきてくれた。
「はい、どうぞ。よかったね、物語が終わらなくて! ゆうにゃんとリコにゃんの話をまだ続けられるよっ」
「ありがとう。……俺、アクションは向いてないってはっきりわかった。こんなのがずっと続くなんて無理だ。身も心も耐えられない」
ハンドルに顔を埋めたまま、俺は呟いた。くたびれきった声が、なんだか自分の声には思えなかった。
「世の中のアクション作品の人たちってどんな神経しているんだよ。こんなの命がいくつあっても足りないって」
「にゃはは。リコにゃん的には、すごく面白かったけどね! 迫力満点っ! て感じで」
ばんばーん、と銃をうつ仕草をした。
「藍見さんも大丈夫?」
「あ、はい」
俺は後部座席に座る藍見さんを振り返った。足の怪我は大したことないようで、テーピングはしているものの、特に痛がっている様子はない。
俺と目が合うと、控えめに頭を下げた。
「すみませんでした。朝のお礼をする前に、また助けられちゃいましたね」
「気にしないでくれ。もとはと言えば、俺が横断歩道で呼び止めたのが悪かったんだし。——足、絆創膏とか持ってたの?」
「あ、救急用品は常に持ち歩くようにしているんです。私いつも事件に巻き込まれちゃうので。もう慣れちゃって」
「……そうなのか」
さっきの一連の流れを、慣れている、という一言で片付けられるメンタルがすごい。
缶コーヒーのプルタブを開け、中身を煽る。微糖の程よい甘さが、干からびた体に染み入っていく。
はあ、と一つため息。
身体中に積りに積もった緊張感が、口からするりと抜け出ていっているようだった。このまま目でも閉じれば、すぐに寝てしまいそうだ。
助手席ではリコが果肉入りの桃ジュースを飲んでいる。一口ずつ、口に含んでは、幸せそうな表情で果肉を食べている。よく見ると、全身が埃まみれになっている。メイド服のエプロンも、ピンク色のツインテールも埃まみれだ。
——ゆうにゃん! 車に戻って、――早くっ!
最初は、リコが脇役でどうなるのかと思ったけれど、リコがいなければ、こうして缶コーヒーを飲みながら感傷に浸ることもできなかっただろう。
「ありがとな、リコ。途中でリコが助けてくれなきゃ、この物語も終わっていたよ」
リコに向かってそう言うと、にゅふ、とリコが笑った。
「ありゃ? ありゃりゃ? これはゆうにゃん、リコにゃんに惚れ直したな!? いやん、ゆうにゃんてば。いいんだよ、今からラブストーリーにシフトチェンジしても」
無視。
「それにしても、このタクシーどうしたものか。運転手に返さなきゃな」
「無視!? やっぱり無視なの!?」
「かなり無理な運転したから負担かかってるだろうな。壊れてなければいいけど。とりあえず、このタクシーを拾った場所まで戻ってみようか。——藍見さんはどうする? 学校に戻る?」
「いえ、この格好で学校に行ったら、騒ぎになってしまいそうなので、いったん家で着替えてきます」
藍見さんが苦笑ぎみに答えた。彼女の制服も、俺たちに負けず劣らず埃まみれである。
「それもそうだな。ところで、さっきの奴らはいったい何者なんだ?」
「さあ……、分かりません。多分、別の作品の悪役の方だと思うんですけど」
——別の作品?
「どういうことだ? どうして奴らは君を誘拐したんだ?」
「いや、分からないです。私とあの人たちは何の共通点もないので、理由はないと思いますけど」
本当に分からないような顔で、藍見さんが答えた。
「なにか、思い当たる節はないか? 実は君は、国王の一人娘で、権力を奪うために君の命を狙っているマフィアがたくさんいるとか。実は普通の人とは違って、特殊能力が使えるとか。異世界からやってきたスパイだったりとか」
「いや、私はただの学生です。特別なものは何もありません。まあ、しいていうなら——」
「しいていうなら?」
「私が、こういうハプニングに巻き込まれやすいってことが、今回の騒動の理由かもしれません」
へへ、と彼女が笑った。
「私、おっちょこちょいなので。雪ちゃんにもよく怒られてしまうんですけど」
出会った時と同じセリフ。
俺は彼女のことをまじまじと見る。
人間離れした可愛らしさをまとった、女子高生。
清純派、というイメージをかき集めてぎゅっと凝縮させたような美少女。
——私いつも事件に巻き込まれちゃうので。もう慣れちゃって。
「君は何者なんだ?」
俺は彼女に聞いた。
「私は、『幼なじみと一緒に暮らすことになったんだけど質問ある?』というライトノベル作品のヒロインをやっています。
そして彼女は、世界中の男子を恋させるような満点の笑顔で言った。
「ここねちゃん、って読んでください。ゆうにゃんさん」
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