第1章 脇役の役割
ツインテールの女
国境の長いトンネルを抜けると雪国であった、——という有名な書き出しで始まるのは川端康成の『雪国』だけれど、この物語はそんな印象に残るような幕開けはできそうもなかった。
なぜなら、物語の仰々しい
「……子供部屋だ」
意味もなく呟いて、俺は自分が立っている場所をぐるりと見渡した。4畳半で、本棚と机がある殺風景な部屋。布団が入っている昔ながらの押入れと、小さな窓。
「……ありきたりな子供部屋だな」
まるでのび太くんが住んでいそうだ。
物語の始まりにしては、いささか物足りない。「後世に残すような物語」を作りたいと意気込んでいた俺からしたら、ちょっと退屈な始まりである。
——そもそも、誰の部屋なんだ、ここは。
机に立てかけられている計算ドリルを手にとって名前を確認すると、「たなか ゆうすけ」とサインペンで名前が書かれていた。なんてことはない、俺の部屋らしい。なるほど、生まれてからこのかた、俺は人生の大半をここで過ごした、ということなのだろう。この部屋は俺の成長を見守ってくれていたという重要な場所だったということだ。
「……」
それにしても、さすがに成人の男子が住んでいるようには見えない。その時点で、思い入れも愛着もあったものじゃない。この部屋からは、自分の趣味とか、普段の生活リズムとか、普段勉強している内容とか、そいういう個人的なことを読み取ることもできない。
——みろよ、この机。
まるでドラえもんでも出てきそうなシンプルな勉強机。引き出しを開いたら四次元にでもつながっているのではないだろうか。
俺は何気なく引き出しに手をかけた。まさか本気で引き出しの中が四次元だとは思っていなかったが、どこかで少しだけ、それを期待していたのかもしれない。
それが、運の尽きだった。
「パンパカパーン!!」
「ゔっ!」
引き出しが突然開いて、俺の腹を強打した。
勢いそのまま、俺は畳にひっくり返る。いきなりの激痛に
「こんにちは、主人公さん! ——あれ? 主人公さん?」
机から出てきたそいつが、仰向けで悶える俺を見て、
「ふぇっ!? どうしたの? 大丈夫?」
大丈夫なわけない。三途の川が見えそうだ。
「ちょ、ちょっと、物語始まったばかりなのになんでそんな
まるで他人事のようにそう言って、そいつは机から降りて俺の背中をさすり始めた。
「もー、頼むよ主人公さんってば。そんな貧弱じゃ先行き思いやられるよー。これからずっと物語を続けなきゃいけないのにぃ。ねえ、そう思わない?」
展開の早さに脳が追いつかない。
なぜ俺が「やれやれ仕方ないなきみは」みたいな口調で責められなければならないのか。込み上げてくる胃酸の匂いとともに、涙が込み上げてくる。
しばらく安静にしていると、だんだん痛みも引いてきた。
俺は顔をあげ、ようやく机から出てきた人物の顔を確認することができた。そいつはドラえもんではなかった。
ツインテールの女子だった。
特徴的なのは、髪の色が鮮やかなピンク色だったことだ。さらに、垂れ下がった大きな目も現実離れしたピンク色をしていた。服装はフリフリしたレースのエプロンに、ゆったりとした丈の長いスカート——メイド服のようだった。
「……どなたですか」
「お! よくぞ聞いてくれたねっ!」
俺が言葉を発したことがよほど嬉しかったのか、女が俺の背中をバシバシ叩いた。その拍子に、女のピンク色のツインテールがフリフリ揺れた。
「私は
「……脇役?」
「そう! きみは主人公でしょ? 私は、きみの物語に花を添える脇役なんだよ! いわゆるバイプレーヤーってやつ! これから私がきみのそばにずっといるのです! ——それにしても、にゅふふ、このかわいいリコにゃんを脇役にできるなんて幸せ者だにゃー、きみは」
「……」
いや、きつい。
さすがにきつい。特徴があるのはいいが、ここまで癖のあるキャラなら友人の友人ポジションあたりのアホの子キャラ役くらいで十分だ。物語の最初に出てくるような重要なキャラではない。
今後、ずっとこいつと一緒にいなきゃいけないというのなら、それはきつい。
「チェンジって可能ですか?」
「ぶー。無理でーす。私がゆうにゃんのバディなのでーす。これからゆうにゃんと一緒に物語を紡いでいくのでーす。リコにゃんとゆうにゃんはエンディングまでずっと一緒なのでーす」
「……ゆうにゃん?」
「ゆうにゃんはゆうにゃんのこと! 裕介くんだからゆうにゃん! ね? ゆ・う・にゃんっ」
キャラが濃すぎて胸焼けしそうだ。
「……、せめて、その、ゆうにゃんっていうのはやめてくれませんか」
にゅふふ、と女が笑う。
「これから、
先行き、不安でしかない。
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