主人公の相棒

 物語が始まって早々、とんでもない女と出くわしてしまった、と思う。


 が、冷静になって考えてみれば、彼女は俺にとって、フィクションの世界に生まれて初めて出会う人間なのだ。この世界の仕組みについて、いろいろと教えてもらえるかもしれない。

 なにせ俺は、主人公であるものの、この物語について何も知らないのだから。


「なあ、柊さん」

「柊さんだなんて、そんな他人行儀な呼び方やめてよ! もう、ゆうにゃんってば! リコにゃんって呼んで!」


『ちゃん付け』ならまだしも、さすがに『付け』は気が引ける。


「……じゃあ、せめて呼び捨てにさせてくれ。リコ、でいいか?」

「うん。いいよ、ゆうにゃん! にゅふふ、どうしたの?」

「この部屋は、一体なんなんだ? どうして俺たちはここにいるんだ」

「この部屋?」


 リコがぐるりと見渡した。


「ここは、ゆうにゃんが住んでいたっていう設定の部屋だよ? それ以上でも、それ以下でもない」

「なんで、最初のシーンがここなんだ? なにか意味があるのか?」

「意味?」


 んー、とリコは考える素振りをした。しかしすぐに、にぱっと笑って、


「わかんにゃい! にゃはは、でも、物語の始まりの場所は、最後に登場人物が帰ってくる場所でもあるんだよ。きっと、これからゆうにゃんがいろんな場所に行って、いろんな人と出会って、いろんな経験をした末に、この部屋に戻ってくるんだと思うよ!」


 ――いろんな場所でいろんな人に出会う。


「この世界には、リコ以外の登場人物っているのか?」

「そりゃー、出てくるよ! 仲間を増やして次の町へっていうのが、ストーリーを作る上でのお決まりだからね!」


 なるほど、と思う。

 つまり、リコと二人きりで物語をすすめなければならない、というわけではないらしい。他の登場人物がいるなら、いろんな人と関係を築くこともできるし、他にもドラマが生まれることになるだろう。


「……ん?」


 ――ということは、

 先ほど、リコは相棒役のチェンジは無理だと言った。

 けれど、新しく出てくる登場人物と親交を深めることで、リコ以外の人間を相棒役に回すということもできるのではないだろうか。


「——え? え? なに? なにその顔? まさかゆうにゃん、私以外の人と仲良くなって、相棒役をだれか別の人と交代させようとしてない!?」


 見破られた。


「ダメだよダメダメ! そんなの絶対に許さないんだから! ゆうにゃんのバディはリコにゃんだもん! これからずっとゆうにゃんの横にいるんだもん! 私以外許さないもん!」

「そ、そんなこと考えてない! 俺はただ、どんな人が出てくるのかなあってちょっと想像してただけで、」


 拗ねられたら面倒だと思って慌ててフォローする。が、リコはジトッとした目をして、


「怪しい……。因みにだけど、この先、清楚系でおしとやかで真面目で、少しだけおっちょこちょいな黒髪の女の子がキャスティングされてるけど、ゆうにゃん、誘惑されないよね?」


 ——清楚でおしとやかで、少しだけおっちょこちょいな黒髪の女の子。


 それは、

 それは、かなり俺の理想に近い人物ではないか。

 そんな子と一緒に物語を作っていくことができるとしたら――


「はー! 今想像した! リコにゃんじゃない人が横にいる物語を想像した! もう、すっごく怒った! もういいもん。何も教えてあげない! 帰る!」

「――え? 帰る?」


 リコが引き出しの中に戻ろうとする。俺はなんとかリコの腕をつかんで、


「ちょ、ちょっと待ってくれ。帰るとか、そんなのありかよ!」

「いやだ、もう帰る! この作品の脇役やめさせてもらいます!」


 そんなわけにはいかない。

 登場人物が、自分の立場に機嫌を損ねて退場する物語なんて、聞いたことがない。


「離して! 私を相棒にしてくれないならもうなにも伝えることはないもん! ゆうにゃんはずっとこの部屋で一人で立ち尽くしてたらいいんだもん!」

「なんだよそれ!」

「一つだけ教えてあげる! この物語はね、ゆうにゃんが何とかしてストーリーを面白くしようとするんだけど、結局何もできずに家に閉じこもって自分のつまらなさに愕然とする話なんだよっ」

「はあ!?」

「ゆうにゃんはこの部屋でずっと閉じこもっちゃうんだよ! 残念でした! ぷんぷんっ!」

「なあ、頼む、リコ。機嫌を直してくれ」


 しばらく押し問答を続けていると、リコが頬を膨らませて振り返った。


「じゃあ、『俺の相棒は、リコにゃんしかいない』って言って」

「え?」

「言って!」


 リコの口が真一文字に結ばれている。リコのピンク色の目には、わずかに涙が浮かんでいる。


 背に腹は変えられなかった。


 俺は、引き出しの中に片足突っ込んでいるリコの正面に立った。リコの潤んだ瞳に、俺の顔が映り込んでいる。


「俺の相棒はリコしかいない」


 リコが三回、瞬きをした。ちょっとだけ頬を染めて、


「——本当に?」

「ああ、本当だ」

「今の言葉、絶対の絶対のぜっっっっったい、忘れちゃだめだよっ!」

「忘れない。だから、これからも一緒にいてくれるか?」


 にゅふふ、とリコが笑った。機嫌を直してくれたようで、机から降りて一回転した。メイド服のスカートが、ふわりと舞う。


「もっちろん! じゃあ、エンディングまで、よろしくね、ゆうにゃん!」


 スカートの裾を持ち上げて、リコがお辞儀をした。


「ああ、よろしく」

 

 さすがに、一度出てきた登場人物が辞めてしまうのは困る。

 先行き不安だとは思ったが、きっと、こうした出会いで物語は進んでいくのだろう。まあ、これはこれでいいかと思った。ここはフィクション。何でもありのスタンスでいるほうが、面白いのかもしれない。

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