食パンくわえた美少女
リコの機嫌が直ったところで、外に出ることにした。
家を出ると、そこは閑静な住宅街だった。暑くもなく、寒くもない。近くの公園に桜が咲いているから、きっと春なのだろう。
「それで、俺はどうしたらいいんだ?」
「え? どうするって?」
すぐ横を歩くリコがキョトンとした。なんの変哲もない住宅街を、メイド服のツインテールが歩いている様子はものすごい違和感がある。
「これからのことだよ。いま、こうして歩いてるけれど、目的地がわからなければどっち行ったらいいのかわからないだろ?」
「確かに! でもまあ、こうやって歩いてたら、きっと何か起きてくれるよっ」
「……そんな適当でいいのか?」
「だいじょーぶ! だってここはフィクションなんだよ? サスペンスでも異世界でも魔法でもなんでもアリの世界なんだよ? なんとでもなるよ!」
にゃはは、とアホっぽくリコが笑った。
アホだとは思うが、リコの明るい笑顔を見ていたら、なんだか妙な安心感を覚える。なんとかなるかもしれない、と思ってしまう。
とはいえ、
「何もしないってわけにもいかないし、まずはこの作品のジャンルが何かを調べるところから始めてみようと思う」
「りょーかいっ。ちなみに、ゆうにゃんはどんなジャンルにしたいの?」
「それって、俺が選べるものなのか?」
「さあ。でも、そういう場所に出向いてたら、自然とそういう物語になるかもしれないでしょ? スポ根ドラマが好きなら運動場に行ってみるとか、RPGが好きなら村人Aに話しかけてみるとか!」
「——なるほど」
うーん。
どんな話にしたいか。
そう聞かれたら、すぐには出てこない。どのジャンルにも、それぞれ魅力があるから迷ってしまう。
それに、この先もリコと一緒に行動するのだから、リコの存在も活きるようなジャンルが望ましい。
リコはどんな作品が合うだろう。少なくとも、ホラーやサスペンスのようなシリアスな作品は合わない気がする。例えば、廃墟とかで幽霊と遭遇したとき、すぐ横でリコが「にゃああっ!」なんて騒いでいたら、恐怖感なんか全部吹き飛んでいきそうだ。
俺の視線に気づいたのか、リコが頬を染めた。上目遣いで、
「どうしたの? にゅふふ、リコにゃん的には、ゆうにゃんとリコにゃんのラブストーリーとか、――どうかなっ。いやんっ」
無視。
「とりあえず、街に出てみようか。何か面白そうなものがあるかもしれない」
「無視!? 無視なの!? ひどいよゆうにゃん! そんなのって、——あ、危ない!」
脇見していたから、角から人が勢いよく飛び出してきたことに気付かなかった。
「きゃあっ!」
「ゔっ!」
ラグビー部のタックルを受けたような衝撃だった。ものすごい勢いで突き飛ばされ、俺は宙に浮いた。そのまま地面を転げる。
「いててて……」
頭を打った。目をつむって痛みをこらえる。なんだか、物語が始まってからこんな痛い思いばっかりしている気がする。
「……ん?」
右手の感触に意識が向いた。
――なんだ?
なんだこの、ふにふにした感触は。なんか、こう、柔らかさと弾力性とハリを感じる、触り心地のよい感触。触れているだけで、幸せに包まれるような心地だ。ふに、ふにふに、
「あっ、――あっ、ちょっと、だめっ」
女の人の声がした。リコの声ではなかった。
目を開けた。
目と鼻の先に、知らない女の子の顔があった。
「——え?」
今の状況を整理するのに、結構な時間がかかった。
仰向けの女の子に、俺は馬乗りになっていた。
どうやらぶつかった拍子に、角から飛び出してきた女の子の上に倒れ込んでしまったらしい。
端から見たら、まるで俺が女の子を押し倒しているように見えるだろう。
さらに、俺の右手は彼女の胸元に伸びている。さっきからふにふに触っている、この感触は、つまり——
「わああっ!」
とっさに飛び退く。耳がカッと熱くなる。
「——す、すみません! お、俺、そんなつもりはなくて、」
慌てすぎて、言い訳口調になってしまう。
「いえ、気にしないで下さい。こちらこそごめんなさい。学校に遅刻しそうで急いでいて、前をちゃんと見てなかったので。お怪我はありませんか?」
女の子が立ち上がった。とても澄んだ声をしていた。
彼女の口調が落ち着いていたので、俺は少しだけ冷静になる。怒っていたり、不快に感じている様子ではなかった。ホッとした。
「いや、怪我はしてないです。俺もよそ見していたので。本当に……」
すみませんでした——そう続くはずの言葉を、俺は飲み込んだ。
落ち着いた状態で彼女の顔をきちんと見て、ようやく俺はその事態に気付いたのだ。
そこにいたのは、とてつもない美少女だった。
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