第4話 鍋:ゲヘナ ユリの手料理

 ユリ・アルファは料理長の【主働】のもと、簡単なものではあるが、料理を成功させることとなった。

 それまでは、超高級ハイレベル食材を炭化やゾル化させることが多かったが、原因は技術レベルと素材のレベルの格差がありすぎたため、繊細に過ぎる食材が過剰な反応を起こしていたということだった。


 なので、本来なら0.01℃単位の温度差を0.01秒単位での時間を微調整を必要とされるものを、百倍の誤差で管理しようものなら、どんなに高級な食材も廃棄物とかしてしまうだろう。


 そんなユリの手料理第一号は・・・




「なぁ、そっちの景気はどうだい?」

「さっぱり、ここしばらくは音沙汰なしだ」

「どーなってんだよ! ここは!」

「行けども行けども壁に囲まれてるし」

「あるのは真っ白なブロックだけと来たもんだ」


 男女にかかわらず髭を生やした顔が並ぶ。


 我々はある日突然、トードマン達に拉致され、気がつくと見も知らぬ場所へと連れてこられた。

 この暗闇に閉じ込められてから、どれだけの時間が経ったのだろうか。皆目見当もつかないが、ここにいる全員の髭面ぐらいは見分けられるようになった。

 そんな中、空が開いた。その向こう側には、巨人がこちらを覗き込んで指差しながら何かを探している。


「お、俺は旨くなんてないぞ!」

「く、食うのならこいつにしとけ!」

「な、手前てめぇ!」

「俺は旨くない、コイツのほうが絶対美味いはずだ!」

「か、神よ。敬虔な私をお救いください!」


 他にも口々に助命を乞うものや、ヤケになって喧嘩をふっかける者。抗い、暴れ回る者など、様々に分かれた。


 気がつくと、天は閉じられ再び暗闇に覆われた。


 ほっと安堵の息をついたのもつかの間、周囲の土壁から急激な熱を帯び始めた。


「熱い!」

「焼ける!」

「苦しい!」

「一体、なんなんだ!」

「おい、この白いブロックはまだ冷たいぞ!」

「皆、この白いブロックを壊して中に入り込むんだ!」

「「「「オウッ!」」」


 手当たり次第にブロックへと体当たりを繰り返し、火事場の馬鹿力とも言うべき生命の危機に瀕した際に発揮される力で持って、わずかに出来た隙間に体をねじ込み、押し広げることで僅かなりとも冷たさが感じられる場所へと体を押し付ける。


「あ、熱い。熱いよぅ」

「か、神様・・・」

「こ、こんな、はずじゃ」

「こんな事、許されるはずが・・・」

「だ、誰か、たすけ・・・」

「これが、地獄ゲヘナなのか・・・」


 そして、この場で生きとし生けるもの全てが息絶え、誰も居なくなった。



   ・・・   ・・・   ・・・



 リュートはデミウルゴスの膝の上から、クツクツと音を立てる土鍋を興味深そうに覗き込んでいる。


「いないいない?」


 デミウルゴスは熱くなった土鍋の蓋を気軽に素手で取ると、湯気がモクモクと立ち上る。

 モクモクと立ち上る湯気を見て「ばぁ~!」と歓声を上げるリュート。何が面白いのかはデミウルゴスにはわからないが、楽しげだということはわかる。

 なんとなくではあるが、そんな様子もデミウルゴスは楽しく思える。この鍋の中で、どんな残酷な事が起こっているのかを、知らずに笑っていられるということに対して。


 湯気が収まったのを確かめ、リュートは鍋の中を覗き込むと、煮えたぎった湯水の中で真っ白な四角いモノがいくつも揺蕩たゆたう。

 ほんのしばらく前には、そこには無数の黒っぽい紐状の生き物が勝手気ままに泳ぎ回っていたはずだった。

 そのことを、そばで見ていたリュートは確かめていたのだが、一匹も居なくなったことに、ナゼなぜどうしてが止まらない。


「デミ小父様、いないいない!?」


 覗き込んでいた土鍋から目を離し後ろを振り返ると、デミウルゴスがさもおかしげに笑っている。いたずらが成功したように、さも楽しげに。


「くっくっく、リュート。これは【地獄ゲヘナ】鍋と言ってね。ナザリックによく合う料理だから、覚えておきなさい。いつか、リュートにも作ってもらう時があるかもしれないからね」


 その時は、具材はこんな可愛げがあるものではないのかもしれないが・・・それは、今は言わぬが花であろう。


 デミウルゴスはそう言いながら、白く四角いそれを掬い上げ、皿に盛り付けて、黒き液体を一回し掛け、まだ熱いそれを、大きな口で一呑み。はふはふと熱そうにしながらも、柔らかそうに見えたにも関わらず、ゴリガリと硬い何かを噛みしだく。


 旨そうに食べ、お猪口をきゅっと傾ける。


「・・・くぁ、なんとも愉悦に満ちた味ではないか」

「小父様、小父様! あ~ん!」


 小壷おちょぼ口を大きく開けて、自分も自分も! とアピールするリュート。

 この年頃の子供にしては、大きく開かれた口であるが、ナザリックを基準とするのならば、これでもまだまだおちょぼ口である。


「んん、少し待ちなさい」


 デミウルゴスはそう言うと、小皿に取り分け箸でいくつかに切り分け、湯気が立ち上るそれを隣席に渡す。


「コキュートス、手を借りるよ」

「ム? モッテイレバイイノカ?」

「このままでは、リュートには少々熱すぎるだろうからね」

「ソウカ」


 コキュートスもお猪口を傾けながら気安く応じ、冷酒を手酌で注いでいる。

 空いている手で皿を上下で挟み込むように包み込み、冷気を帯びた手で適度にます。

 コキュートスの前には、白く四角い立方体の上に、ワサビとネギとフワリとした鰹節が掛けられた冷奴。


「それにしても、このDie銀醸【魔導王】は冷でも燗でも、味わい深いが。ただ、少し迷いを感じるか」

「ソレモ、マタヨシ」

「ああ、そうだね。っと、リュートにはまだ早い!」


 こっそりと手を伸ばしていたリュートに先んじ、デミウルゴスは尻尾を徳利に絡め取り上げた。


「ぶ~!」

「マダマダ。ダガ、イツカ汲ミワス時ガ来ル。ソノ時マデハダメダゾ」


 だから、めっ! とコキュートスが厳しく諭す。それでも興味は尽きないせいか、リュートは頑張って手を伸ばす。


「ふ、酒の美味さがわかる大人になるまでは。まだ当分は飲ませたりはしないぞ」


 デミウルゴスも譲らず。相席している鍛治長もうなづきつつ、黙々と盃を傾ける。

 そう言われ、リュートはなにか思うことがあるのか、ゴソゴソとカバンを漁り出した。


「・・・大人!」


 そう言いながら振り返ったリュートの口元には、立派なモジャモジャとした口ひげが・・・


「「「ハハハハハッ!」」」


 リュートは三人が笑っている隙きにお猪口に手を伸ばすが、あっちへ行ったりこっちへ来たり、すばやく動かされて手が届かない。あちこちに動いている間もそそがれた酒は減ることはあっても、こぼれることはない。


 寡黙なことで知られる鍛冶長は、滅多なことでは声を上げて笑ったりはしないらしいが、この場は楽しくて仕方がないらしい。



 デミウルゴスは料理の解説を始めた。


「これはまず、トードマンたちのところで取れるラウチ泥鰌なるモノを、生きたままの状態でナザリックの怖囲Cオイシ~水に幾日も漬け込み、餓死しない程度に絶食させたものを使う。この白いものは、まあるく育ったコロコロした大豆オオマメを高温で蒸し、それを圧搾して取り出した液を劇物で凝固させたものだ。これも水が大事だからね」


 そう言って、豆腐(絹)と活きた泥鰌ドジョウを一緒に水を張った土鍋へ。


「そして、一緒にコトコト煮ると、ドジョウは冷たい所を探し求め、豆腐の中へと潜り込むが、潜り込んだ先で豆腐と一緒に煮えてしまうという寸法なのだよ」


 デミウルゴスは語りながら、さながらひな鳥に与えるように、あ~んと開いた口にドジョウが顔を出す豆腐を与えた。


 存外に硬いドジョウの骨を、リュートの乳歯が、ガリ、ゴリ! ガリ、ゴリ! といとも容易く噛みくだく音をBGMに、デミウルゴスとコキュートスは旨そうに酒を干す。

 リュートは、その歯応えが面白くはあるが、料理の美味しさに関しては、まだまだ分からぬことばかり。でも、大人の味/雰囲気をちょっぴり味わえたことで満足している。


 そんな楽しげな食事の様子を、ユリは満足気に見届けた。その背後では・・・




「ユリ姉様~。これ、いつまで続くっすか?」=もう食べ飽きたと。

「わたしぃ、もうぅ食べぇられませぇ~ん」=ぽっこりと膨らんだ腹部を抱えて、もう食べられないアピール。

「こんなに下等生物ドジョウが必要だったのですか?」=どうしてこんなに作った! とジト目で訴えている。

「・・・・・・・・・・・・うぅ~!」=液状ゾル化した闇鍋を前に倒れそう。

「   」=黙々と眼前にあるものを見ないように消し炭を消していく。

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