9#決死の巣立ち!

 その時は、やって来た。


 4羽のツバメ達はすっかり狭くなったツバメの巣の中で、バサバサと翼をばたつかせて浮力をつけ、空気の波を掴もうとしていた。


 「ネイ!ブゥ!ルゥ!ストゥ!もう、お前達は飛べるのよ!!さあ、頑張って!!」


 「もうちょっと!もうちょい!」


 ママツバメのフーレとパパツバメのレッシュは、必死に4羽の子ツバメの巣立ちを促していた。


 先客のツバメにとられた巣の雛達は、既に巣立ちを終え、裳抜けの殻となっていた。


 雛のいる巣は残すとこ、このツバメの巣だけとなった。


 「ノンビリしすぎたわ!他のツバメは皆、南の国に旅立ったのにまだここだけよ!!」


 「そんなこと解ってるさ!嗚呼、あの時この巣に風船が邪魔されなければな・・・」




 バサバサっ・・・



 バサっ!!




 ひゅーーーーー・・・




 「わっ!」


 「やったぁー!」




 最初の巣立ち一羽めは、一番体の強いストゥだった。

 

 ストゥは、親の持ってきた餌を真っ先に食べ、他の兄弟を押し退けて独り占めまでした位だった。


 「お先に行ってきまーす!!」


 「待って!ストゥ兄ちゃん!!」


 次に巣を飛び出したのは、姉ツバメのブゥだった。


 ブゥの羽根の力は強く、飛び立ったとたん巣の一部が崩れる程だった。


 「よおし、僕も・・・」


 弟ツバメのネイが巣から飛び立とうとしたとたん、良からぬことが起きた。




 「?!」




 「あの人間は!!」




 ツバメの巣立ちを見ていた通行人達も、騒然とした。




 あの店員が、梯子を担いでツバメの巣の前に立てたのだ。




 「クソツバメ!!お前達はいつもいつもこの清潔な商店を糞で汚しやがって!!

 もう二度と巣を作れないように、ぶっ殺してやる!!」



 血相を変えて殺気立った店員は、手を伸ばして親子ツバメを掴み取ろうとしたのだ!




 「ひゃーーーーーっ!!」


 「ネイ!!」



 間一髪だった。


 弟ツバメのネイは、店員の手に掴まれる寸前に巣から一目散に脱出した。




 ボロボロッ!!



 その反動で、ツバメの巣が半ば崩れ落ちた。


 


 「ひぃーーーっ!ひぃーーーっ!」


 残すところ、妹ツバメのルゥだけになった。


 しかし、余りの恐怖でブルブル震えて硬直して、ルゥのいる所しか無くなったツバメの巣に留まっていた。


 「ルゥ!!飛びなさい!!」


 「行け!兄弟のとこへ!!」


 親ツバメのレッシュとフーレは店員の側を飛び交い、ルゥに手に掴もうとするのを、妨害した。


 「いてっ!うぜえんだよ!!この野郎!!」




 バシッ!!




 「きゃっ!!」




 店員は、逞しい腕で雌ツバメのフーレを渾身の力でぶちのめした。

 




 「フーレちゃん!大丈夫か?」


 「だ、大丈夫よ!そ、それより・・・」


 体制を取り直したフーレは、心配そうなレッシュに寄り添ったとたん・・・




 「えっ・・・?!」



 「な、何てことを!!」




 店員は、徐に持参したエアガンを巣に残るルゥへ標準を向けて身構えていたのだ!!


 「へへへへへ・・・ぶっ殺してやる・・・ツバメの奴等もろとも・・・」


 店員が、エアガンのトリガーを引こうとした。



 「うわっ!」


 「もうダメだ!!」


 親ツバメ達が目を背けた瞬間・・・




 ドカッ!!




 バッシャーーン!!




 向こうの方から飛んできた赤い閃光が、店員がよじ登る梯子に激突した。


 梯子が倒れ、転落した店員は尻餅を




 「ううううううーーーーーーー・・・!!!!」





 その赤い閃光の正体は、あの大きな赤いセッター犬のアヴだったのだ。


 アヴは牙を剥いて、のっそりと起き上がった店員に怒りの唸り声をあげた。




 「いつぞやのワンコさん!あ、ありがと・・・」


 「御礼はいいから、早く行け!おいらがこいつを食い止める!!」


 起き上がった店員を威嚇するアヴは、親ツバメに言い聞かせた。


 「でも・・・」


 「『でも』もヘッタクレもねえ!早くいけ!

 俺があんたにくれた風船、ありがとな!!

 でも、つい口から離して落っことしたら割れちゃったけけどな・・・ふふん。」


 セッター犬のアヴは、悲しそうに親ツバメの方を向いてニコッと微笑んだ。


 


 「こ・・・このクソ犬め・・・保健所に頼んでぶちこんでやる・・・!!」


 店員は、持っていたエアガンを今度はセッター犬のアヴに向けて身構えた。


 


 「ううううううーーーーーーー!!!!!!ばうっ!ばうっ!ばうっ!」




 セッター犬のアヴは、店員に襲い掛かった。




 ボロッ・・・



  

 巣の中で唯一残っていた子ツバメのルゥは、もう一塊しかないツバメの巣の上で硬直していた。


 


 ポロッ・・・




 ポロポロポロポロ・・・




 ツバメの巣はルゥの足元しか無くなってしまった。




 ボロッ!!




 ルゥは崩れ落ちたツバメの巣と共に、真っ逆さまに墜落した。




 「きゃーーーーーっ!ルゥがーーー!!」


 「羽ばたけ!羽ばたけ!ルゥ!羽ばたけ!」




 更に悪い事実が解った。




 ルゥは、店員とセッター犬との格闘の真っ直中へ墜落していくではないか・・・!!




 「わーーーっ!そんなぁ!!」


 「み、見ちゃいられない!!」




 親ツバメ達の悲嘆が聞こえる中、ルゥは巣の中で既に飛び立った兄弟と共に聞いた親ツバメの言葉が脳裏に浮かんだ。




 ・・・この子達は、私達の『愛情』という吐息で膨らませたんだね・・・




 「私は『風船』!!私はママやパパに膨らませて貰った『風船』!!ここで『萎んじゃう』なんて・・・!!」




 バサッ!!バサッ!!



 しゅーーーーーーー・・・!!



 妹ツバメのルゥは、翼を必死に大きく羽ばたかせると、墜落先の店員の拳にぶち当たる寸前にすーっ!と浮上して滑空して、隠れて様子を見ていた親ツバメの側へやって来た。


 「パパー!ママー!心配かけてご免なさい!!」


 「ルゥ!怪我はなかったかい?」


 「大丈夫よ!それより・・・」





 「この野郎!!」


 「クソ犬め!!気持ち悪いんだよ!!」


 「くたばりやがれ!」


 「こんな凶暴犬なんか、保健所に連れていけ!」




 「キャイン!キャイン!キャイン!キャイン!」




 ルゥは、他の店の店員や通りすがりの客に拳や棒で殴られ、羽交い締めされているセッター犬のアヴは必死に人間どもを振り払おうとした。




 「助けたいのは山々だ・・・しかし、折角あの犬が身を呈してくれた『道筋』だ。

 あいつの『捨て身』を無駄にするのかい?

 さあいこう!残酷だが・・・悔しいが・・・

 無事に僕たちが、南の国へ旅立てるこそが、あの犬にとって、本望だろう・・・

 悔しいが・・・悔しいが・・・」




親ツバメは、保健所の野犬収容車に連れられそうになるのを抵抗するセッター犬に振り向かず、涙を流して言った。




 「さあ、出発だ!!」



 

 パパツバメのレッシュも、ママツバメのフーレも、娘ツバメのルゥも涙を流して泣いた。



 その涙を、翼で振り払うと大きく息を吸って、先に飛び立った兄弟ツバメを追いかけるように飛んでいった。






 「見守るよーーーー!!もし、俺が保健所で死んでも!!おいらの魂は!!ずっと君達を見守るよーーーー!!おいらの魂は風船になって・・・!!

 あばよ!おいらの理解者・・・!!」


 渾身のの力を振り絞って、人間どもから逃れようと抵抗しながらセッター犬のアヴも怒りを帯びた目から大粒の涙を流し、声が枯れるまでツバメ達が旅立っていく済みきった初秋の大空へ旅立って行った『唯一無二の親友』のツバメ達に届くように、惜別を込めて高らかに吼えた。




 「うおーーーーーーーん!!うおーーーーーーん!!」

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