7#赤い犬の哀しみ
「あ、ああ、ツバメちゃん達、改めて・・・やあ、こんちゃ!!」
大きな赤毛のアイリッシュセッター犬は、パンパンに膨らませた赤い風船を前肢に抱えてはっはっ!と舌を垂らして、やんややんやと歓声をあげるツバメの雛と呆気に取られる親ツバメのレッシュとフーレを見渡した。
「俺の名は、『アヴ』!この町のアイドルの野良犬さっ!!ふふーん!」
セッター犬のアヴは、ショッピングセンターの天井高く突き上げた鼻の孔をパンパンにしてウインクしておどけた。
「あのぉーーー・・・」
雌ツバメのフーレは、巣から飛び立ちセッター犬の鼻面に留まってに訊ねた。
「ねえ、アヴとやら、」
「ん?」
セッター犬のアヴは、黒光りする鼻をヒクヒクさせた。
「どうやって、あの風船を膨らませたの?わたしにも出来る?」
「簡単さ!ただ風船に息を吹き込めばいいんだ。でも、ツバメさんならこの風船の大きさなら息切れしちゃうよ。
ならば・・・」
セッター犬のアヴはよっこらせと立ち上がると、ショッピングセンターの片隅をまさぐって戻ってきた。
「はい、膨らませてない水風船・・・おいらはよく、人間の子供に水風船をぶつけられているけど・・・いや、何でもない。」
雌ツバメのフーレは、感づいた。
この野良犬は人間にいじめられ続け、嫌われていることを。
野良犬が一瞬、顔を曇らせていたからだ。
この親ツバメ達もそうだった。
去年は行く先々で、『汚い』と心無い人間に巣を雛ごと撤去され悲しい思いしてきたからだ。
で、このショッピングセンターにやっと『安住の地』を得たことを。
「この水風船の口を嘴にくわえて!」
「こう?」
雌ツバメのフーレは、水風船の水入れ口を嘴にくわえた。
「で、ツバメさん。息をこの水風船に息をふーっ!と吹き込むんだよ。」
「うん!やってみるわ!」
雌ツバメのフーレは、息を思いっきり吸い込んで気嚢に空気をいっぱい取り込んで、頬をパンパンにはらませて水風船に思いっきり息を吹き込もうとした。
ぶぶっー!!
ぶぶっー!!
ぶぶっー!!
ぶぶっー!!
「ぜえ・・・ぜえ・・・」
ぶぶっー!!
ぶぶっー!!
ぶぶっー!!
ぶぶっー!!
「ふーーーーー・・・この風船、固くて膨らめないわ・・・」
「ダイジョーブ!!そのうち、ふーふー続ければ風船は膨らむって!」
センター犬のアヴは、鼻の孔をパンパンにしてふーっ!と鼻息を吐いて言った。
「いいわねえ・・・犬は。私達ツバメより肺活量多くて・・・」
「でもツバメさん、君達だって凄いよ。だってここから遠く遠く離れた南の国からこっちに渡って来るんだから・・・!」
雌ツバメのフーレは、はっ!と気付いた。
その、セッター犬の目に光るものを。
・・・涙・・・?
セッター犬のアヴの目から、ポロポロと止めどなく涙が溢れていた。
「ワンちゃん?」
「なあに?」
「泣いてるの?」
「ああ・・・ちょっと、前の御主人様を思い出してね・・・おいらに風船の魅力を教えてくれた御主人様・・・・
何で・・・何で・・・おいらを・・・捨てたんだ・・・!!」
セッター犬のアヴの脳裏には、毎日風船を使って遊んでくれた飼い主の日々が走馬灯のように駆け巡った。
しかし、狩猟が趣味の飼い主にはこれは『猟犬』としての訓練であり、穏やかすぎて全く獰猛ではなく誰でも遊ぼうとじゃれつく気性のアヴは飼い主に、『猟犬失格』というレッテルを貼られて、この街に飼い主に蹴飛ばされるように、捨てられてしまったのだ。
それ以来大型犬のアヴは誰にでもじゃれつき、住民は『襲われる!!』と勘違いして恐怖に怯えさせてしまった。
ただ、人間達と遊びたかった・・・
ただ、人間達と遊びたかった・・・
ただ、人間達と遊びたかった・・・
それなのに・・・
他の飼い犬にも、街の生き物達にも、この『厄介』な大型犬のアヴには誰としても心を開かなかった。
しかし、ここにやっと分かち合える者がいる。
それは、このツバメ達。
このアヴが口にくわえている赤い風船が運んできてくれた、唯一の『友達』。
嬉しかった。
とても嬉しかった。
大きな赤いセッター犬のアヴは、涙をボロボロ流し泣き出した。
「うおおおおおおおおおおおお・・・!!」
「うるせえ!このクソ犬!!また来たのか!!しっー!しっ!」
「?!」
ショッピングセンターの店員が、モップの柄を振り回して血相を変えてこの『生意気』な赤い犬を追い払おうとけしかけてきた。
「てめえ!またうちの生ゴミ荒らしただろ?!今度またやったら、保健所呼んでやるからな!!」
「きゃん!きゃん!きゃん!きゃん!きゃん!きゃいん!きゃいん!きゃいん!きゃいん!」
セッター犬は、悲鳴をあげて慌てて下に転がった赤い風船を口にくわえて走って逃げていった。
ぶるぶるぶるぶるぶるぶるぶるぶる・・・
ぽたっ。
店員の恐怖の余り、思わずツバメの雛は糞をしてしまった。
悪いことに、その糞は店員の服についてしまった。
ギロッ・・・
店員は、真下に溜まった糞の塊をみてキッ!と親ツバメのいるツバメの巣を睨んだ。
これが、ツバメ親子の災いに発展するとは・・・
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