もののはずみ 1

 上領はずみは、はずみでできた子供だったからそういう名前をつけられた人で、そのことを特に隠してはいない。でも、それで人から眉を顰められたり、憐れまれたり蔑まれたりするのは、愉快でないと思っているようだ。取り立てて、親から愛されていないということはないのだと本人は言うし、私にもそう見える。彼女の親としては、「だってそうなんだもの」という程度のつもりでつけた名前であり、それがどうして悪いのか、わからないという意見だそうだ。

 はずみ本人としても、はずみで生まれてきてしまったようなものだから、ちょうどいい名前だ、という見解でいる。

 私はというと、そんな彼女を推している人物なので、彼女がもののはずみで生まれてきてくれたことは幸いだった。彼女の両親がもののはずみで彼女を作り、もののはずみで彼女が彼女に生まれてきてくれなければ彼女はいなかったのだから、これはラッキーである。金をかけるだけの価値があるのだ。私は、バイト代をはたいて買ったたくさんの薔薇の花を彼女の部屋に飾り付けた。よい香りである。作業中に、彼女のほうに目をやると、迷惑そうに面白そうに私のことを見ている。快感である。

「私は、はずみのことが好き。はずみに一方的な好意を押し付けて、迷惑がられるのが大好き。はずみ、私のこと、怖い? もっともっと薔薇を飾りつけてあげるね」

「飽き子、三べん回ってワンっていえ」

 私は言われた通りにした。

「ワン!」

 そしてふたたび薔薇を飾り付ける。

 今のを解説する。まず、私ははずみに何かをしてやりたいんだけど、それはただ自分がはずみのために何かを捧げたという満足がほしいだけなのであって、はずみが私に依存したり過度な感謝をしたりすることを望んでいるわけではない。私ははずみと対等でいたいのだ。そのため、私は彼女にとって嬉しくともなんともない事を彼女のためという名目でしてみせることで、無害な形で私の欲望だけを満足させようとした。その現れが薔薇を飾り付けるという行為だ。だがこれは彼女にとって意味不明で不気味で、そして少し迷惑な行為であることは間違いない。だから最低限の解説は要る。そこで「迷惑がられるのが大好き」だ。この行為が彼女にとって迷惑なものであるということは自覚しておりますということは最低限伝えなくてはならない。それで、こんなふうな発言になる。結果として、すごく変で、無闇に奇を衒ったような発言になってしまっていることは、承知している。でも、他に言いようがない。こういうことを、スマートにやれるような賢さが私にはない。

 はずみが私に言ったのは、「飽き子のことは怖くないし、許しているよ」という意味のことだと、私は解釈している。

 だから私たち二人は今日も平和である。

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