第98話、王都防衛戦④
タケさんたちが家を出た頃、私とお父様も外に出ていた。
「なぁ、アロマよ、これは本当に必要なのか?」
お父様は、見慣れない小型の箱を手でいじりながら、私にささやいた。
「そんなこと私にもわかりませんわ。でも、タケさんと、麗華さんがこれから必要になるからと仰っていましたもの」
私たちが向かっている先は、市壁の上だ。三人が戦いに赴く前に、私たちはこれを託された。タケさんの世界のデジタルカメラだそうだ。
以前、ノートパソコンというもので自分の写っている画面は見た。サラフィナさんは嫌がっていましたが、私は便利なものがあるのねと、感激した。
今回、託されたこれは、それと似たようなものだそうだ。「戦いながらだと撮影できないから、アロマ頼む」と、言われてしまえばやるしかありませんわ!
撮影の仕方はタケさんに教わった。私たちはボタンを押して、カメラを向けるだけでいいらしい。
「それでは、お父様。私は西に行きますわね」
「ん、うむ、分かった。私は東だったな。アロマ、気を付けるのだぞ」
「はい。お父様も、お気を付けて」
そうして西門が見渡せる市壁の上に着いた。
幸いにも、ほぼ全ての兵が門に集結していたため、ここにはひとけはない。私は市壁の手すりに、乗り上げると西門へカメラを向けた。ちょうど、麗華さんが門から出た所だった。
麗華さんは、負傷した兵たちに魔法を使ってる。あぁ、きっと回復魔法なのだわ。私は、一切魔法の適性がないから、残念に思う。私も使えれば――そう思わずにはいられない。兵たちは麗華さんに頭を下げると、中へ戻っていった。
麗華さんが門から歩き出すと、大勢の人影が彼女を取り囲んだ。麗華さんたちは何か言い合っている様だけど、ここからでは分からない。
「あっ」
麗華さんの目の前の空間が一瞬歪んで見えた。と、次の瞬間には黒い影は吹き飛んでいた。麗華さんより私の方が、タケさんとの付き合いは長い。なのに私だけ魔法が使えないのはやっぱりズルいですわッ。
黒い影は棒か何かを構えてる。あれはあれですわね。魔導具。
タケさんたちが言ってた銃ですわ。
影たちの持つ棒から火が噴く。でも、麗華さんは毅然とした様子で立っていた。
あんなに恐ろしい魔法を使われているのに、麗華さんってすごい。カメラを向けながら何度もそう思った。しばらくすると、遠くで何かが光った。
今度の魔導具は、耳をつんざく程の轟音が鳴った。しかも、それは麗華さんの目の前で爆発した。
思わず私は目を瞑る。麗華さんは大丈夫かしら。そう思いながら目を開けると、何事もなかったかのように麗華さんが立っている。
でも、また影たちは攻撃を仕掛けてくる。が、麗華さんは無事だった。
しばらくして、また遠くで何かが火を吐き出す。
うっ、腹部にズシリとした衝撃が走る。今の攻撃は門に当たったようだ。足元が微かに揺れた。
「ひゃっ」
慌てて手すりにしがみつく。
私が、そうしている間に、麗華さんの姿を見失う。あれ、彼女はどこへ――。
彼女の姿を探していると、遠くの空からダイヤモンドダストのような光が降り注いだ。それはとても幻想的でキレイだった。降り注いだ先に、彼女はいた。
「あっ、麗華さん!」
黒い塊が真っ白に凍り付いているように見える。それを見届けると、麗華さんがこちらに振り向く。すると、全ての影たちは棒を投げ捨てていた。
麗華さんが壁伝いに歩いてくる。私は彼女の姿を記憶に残す。私に気づいた麗華さんは手を振っていた。
私もそれに応えると、正門に向かって市壁の上をあるいた。
* * *
私は夢でも見ているのだろうか。
門の内側で、バリケードを飛び越えた少女の事を考える。
彼女はタケくんの師匠だと聞いてはいたが、恐れ入る。王国兵が、手を出せなかった相手に彼女は一人で挑んだ。
門から一歩踏み出した時には、敵の男たちは拘束されていた。その際に彼女が発した威圧に身震いした。これだけ離れているというのに――。
そして、その後に放たれた魔導砲だ。サラフィナくんに当たったと思われたが、その勢いは門へ向かった。市壁は揺れたが、何、たいしたことではない。強固に作られたこの市壁なら大丈夫だろう。
だが、あれだけの威力をその身にうけ無傷とは。
私は、タケくんたちの強さをよく知らない。だが、門を一撃で破壊したあの魔導砲をサラフィナくんは一瞬で無力化した。それも、天を翔る雷鳴によって。
あのような魔法は聞いたこともない。それこそ、おとぎ話の魔法だ。
彼女の魔法を見ればわかる。陛下がタケくんを恐れる理由が――。
私が見た、タケくんの魔法は一度だけだ。忌々しい第四王子へ放った、風の刃を用いたものだった。
この戦争はザイアークが勝つだろう。サラフィナくんの活躍を見て確信した。
この戦が始まる前、陛下にこっそり呼び出され相談された。アロマの婿にタケくんはどうかと――。私は、あの子に引け目を感じているからな。だから、幸せになってほしいとは思っていた。タケくんに、借金で貸しをつくったのもそのためだ。だが、麗華くんがやって来て、その芽が薄いことを感じ始めた。
借金を返済した時、彼はどうするだろうと。
アリシアの事は彼から聞いてはいるが、すでに侯爵家の籍からは抜いた扱いだ。気兼ねなど必要はないのだが……。
踏ん切りが付かない私に、陛下は言ってくださった。
「トライエンドよ、侯爵家を残したいと思うのなら、タケを婿にせよ。手柄をあげた時には、タケに褒美を取らす。わずかばかりの財宝と、アロマじゃ。お主もその方が良かろう」
それを聞いてからというもの、心穏やかではなかった。
だが、その機会に恵まれた。私は、この機会を逃したくはない。
バチバチと、煙りをあげ沈黙した魔導砲を視界に納めながらそう考えていた。
「おっと、いかん。この突起を押すのだったな。さて、婿殿の戦いぶりを見に行くとするか」
侯爵は、停止ボタンを押すと正門へとかけていった。
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