第96話王都防衛戦②

 侯爵邸から街へ飛び出した俺は、大通りをひたすら駆ける。三つある門の内でも、一番大きな門に着いた所で声をかけられる。


「タケくん、こっちは僕が食い止めるからあっちは頼むよ」


 なんだよ。第一王子じゃねぇか。胸に王家の紋章が入ったフルプレートを着込み、白馬に跨がっていた。馬上から見下ろすとか何様だよ。王子か……。

 王子はニンマリとしながら、視線を門の外へと飛ばす。俺も釣られて見れば、そこには10名弱の迷彩服の男たちと、その後方五百メートル付近に戦車があった。


「言われなくってもね」


 王都の人間で王子を知らない者はいない。王子の登場で、ヤジ馬たちの士気はなえていた。王族を目の前にして都民はひれ伏している。

 これ、俺が出る必要あるのか?

 暴動が起きなければ、革命も何も関係ないんじゃ?

 その時、門の外にいる男の銃口が王子に向いた。とっさに王子に結界を掛ける。って、何で俺が助けてるんだか。近衛の役目だろ、普通。


 間一髪で、発射された銃弾は結界に阻まれ地に落ちた。

 おっ、王子ビビってる。でも、ビビってたのは銃声にだな。ダンッ、って鳴った瞬間にびくって。でも結界のおかげで助かったとか分かってんのかね。

 結界は魔法を使えない人には見えないからな。気づいてねぇか。さてと、さっさと終わらせて、麗華さんとこ行かねぇとな。


 俺が門をくぐり抜けると、背後から人の気配がした。すぐに振り向くと、そこにいたのは――。


「えっ――ウソだろ」


 俺が驚いている隙に、空気を圧縮したような魔法が放たれた。俺の体は吹き飛ばされ、門から数十メートルの位置まで宙を舞う。チッ、しくった。まさか、壁に張り付いてるとは思わなかった。迷彩服のヤツらは囮かい。

 無様に落下した俺は、魔法を行使したヤツを見る。結界を張っていなかったら、死んでるぜ。にしても結界って便利だな。これスキーの時に使ってれば。クソッ。

体には異常はないな。服もガードの影響で無事だ。よしッ。

 俺は、吹き飛ばされる瞬間、相手の顔を見た。で、驚いた訳だが、もう一度よく見る。そこにいたのは――。


「宗っちじゃねぇか! なんでここに……」


 宗っちは、俺の落下地点まで走ってきていた。俺の叫びを聞くと――。


「やぁ、初めましてタケくん」


 不敵な笑みを浮かべて、あいさつをする。おっと、俺も会釈しねぇとな。なんったって、大先輩だ。WooTober界のアイドルだ。ついでにサインでもしてもらおうかな。あっ、書くものなかったか。


「あ、はい。初めまして。タケです。サインください」


 じぇねぇ。何でこんなとこにコイツがいるんだよ。それ聞くのが先じゃねぇか。


「ふっ、その謙った態度が気に入らない。たいした力もない癖に、リスナーに偉そうに話してさ。しまいに一人前ぶって有名人気取りとか、実にくだらないね」


 そう言った宗っちは、詠唱を唱える。


「我、時空の女神シンデレーナに願う、かの者へ無限の重さをかけたまえ――グラビティ重力操作魔法


 やけになげぇ詠唱だな。何やってんだ。宗っち。そう考えていた俺の体が、上から圧縮される。俺の体に重力がかかり、地面に徐々に沈み込んでいく。が、あ、なるほど。結界張ってると、結界ごと押されるのか。俺の体に負荷はかかっていない。めんどくせぇから飛ぶか。


下級瞬間移動魔法テレプス!」


 これは目で見える範囲に瞬間移動する魔法だ。取りあえず、宗っちから離れねぇとな。にしても、俺、なにかやったのか?

 俺は宗っちの後方十メートルの地点に飛んだ。おっ、宗っち、驚いてる。目の前から突然姿が消えればそうなるか。

 俺を探して宗っちがキョロキョロする。うん、イケメンのそういう間抜けな所も笑えるな。さすが――宗っち。おっ、こっち向いた。


「いったいどうやって――」


 えっ、どうやってって。普通に魔法でに決まってんじゃん。何を言ってんだ。


「普通に魔法で飛んだだけだけど?」


「ば、馬鹿な……そんな暇はなかったはず」


 あんな長い詠唱しておいて何を言ってんのかねぇ。あ、長さは関係ないか。結界の威力が強かっただけかもしれん。にしても、なんでここに宗っちがいるんだ?


 ちょっと探りを入れてみるか。


「所で、なんでWooTober界のアイドルがこんな所にいんの? そっちの方が驚きなんだけど……」


 俺がなりたかったWooToberは宗っちだからな。日本ではどう頑張ってもなれなかったけどさ。そんな目標が目の前にいたら、やっぱサイン欲しいじゃん!


 てか、なんで宗っち怒ってんの。


「うるさい! おまえには関係ないだろ!」


 いや、関係はないけどさ。あれ、関係あるじゃん。今、ザイアーク王国は戦争中なんだから。敵側に宗っちがいるのは予想外だけど、敵なら倒すだけだしな。


 思わず俺の目が据わる。


「関係はあるぜ。この国には大切な人がいる。守りたい人がいる。その理由だけで十分だろ?」


 あらら、宗っち、顔真っ赤にしちゃった。もしかして、たいした大義名分もなく戦場に出てきちゃったのか……コイツ。


「僕の目的はおまえを倒せば叶う。我、光輝の女神ヒキコモリーナに問う、かの者へ断罪の審判を与えたまえ――下級光爆魔法ライトニングイレイザ!」


 光魔法か、俺あんま使ったことねぇけど、ここは逃げだな。テレプス瞬間移動魔法

 空から光の粒子が降り注ぐ。光が到着する前に、俺の姿は消えた。さっきまで俺がいた場所は、土すらも消し飛んで大穴があいた。やばかった。

 今の直撃したら即死じゃねぇか。


「やったか――」


 おいおい、どの面下げてそんなセリフ吐いてるんだか……。

 俺は、宗っちのすぐ真後ろにいた。当然、宗っちの呟きも聞こえている。

 もしかして、やられてやった方がいいのか? でもなぁ、侵略者がいるから無理な話だぞ。今頃、麗華さんもサラフィナも戦ってるしな。

 俺は、宗っちの肩をたたく。優しくだぜ、さすがに大先輩だからな。

 当の本人は、一瞬ビクッとして振り返る。


「なっ――」


「そんなに驚かれてもこっちが困るんだけど。サインくれないならその辺で休んでてくれませんか。俺、アイツら捕まえないといけないんで」


 俺は迷彩服の連中に視線を投げる。で、宗っちは――おっ、なんだか悔しいような、情けないような顔に変わった。おもしれぇ。さすがアイドルはちげぇな。


「ふ、ふ――」


「ふうぅ」


 ふっ、宗っちの首筋に息吹きかけてやったぜ。おっ、また顔色が染まった。


「ざけるなぁぁぁぁー」


 宗っちの蹴りが俺を襲う。が、軸足方面へ体を動かすことでかわす。遅い遅い。そんな蹴り、柔道の大会じゃかわされるだけだぜ。なっちゃいねぇな。

 かわされると余計に腹が立ったのか、宗っちは何度も蹴りを入れてくる。そのたびに俺は、体を逃がし器用に避け続ける。

 あらら、息あがってんじゃね、顔にチアノーゼ出てるぞ。


「クソッ、クソッ、なんで、なんで、こんなヤツに――」


 何でねぇ……それは俺が聞きたいわ。なぜ異世界に宗っちがいるのか、なぜ、侵略者に加担しているのか。日本でWooToberやってりゃ、トップじゃねぇか。俺みたいな底辺と、宗っちは違うじゃん。


 俺の気は、完全に宗っちに向いていた。で、三門の砲口が自分に向いているのに気づかなかった。気づいた時には……ドーン、ドーン、ドーンっと、周囲から一斉に砲弾が発射された後だった。秒速千八百メートルの砲弾が飛んでくる。


「やばっ――」


 声を漏らした時には、三発の砲弾は俺の体に当たる。そして、俺の体は木っ端みじんに――ならなかった。

 ただし、結界で受け止めた砲撃は、着弾と同時に爆発した。爆破の衝撃で、結界ごと俺を吹き飛ばした。

 なんか、吹っ飛ばされてばっかだな。おい。

 遠方まで飛ばされた俺は回転しながら無様に着地する。いや、転がった。俺が宗っちの方へ顔を向けると、宗っちは驚愕の顔つきで腰を抜かしていた。

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