第95話、王都防衛戦①

「おい! 押すな! 門の外に出てはならん」


 王都の各門には、大勢のやじ馬が集まっていた。そう。刺激の少ない都民にとって、この騒動はお祭り騒ぎにすぎない。万一、民主化されれば幸い。達成されなくとも、都民の生活は苦しくはないのだ。本気で騒いでいるのは、野心のある一部の者だけであった。そして、やじ馬のお目当ては、強固な門を破壊した魔導砲にある。

 ここ西門では、ひと目それを見ようと押し寄せた大衆と、都民の安全確保のために集まった兵が押し合いを繰り広げていた。


「はっ、サラムンドとは大違いだな。都民は目をキラキラさせてやがる」


 迷彩服に身を包む男が、愉快そうに仲間に話す。さもありなん。サラムンドの民は圧政と重税に苦しめられていた。食べるものにも困り、必死だった。一方、ザイアーク王都の民は、物見遊山なのだから当然だ。


「ふんっ、そんなことはどうでもいい。それより、都民であろうとM1には近づけさせるな。やむを得ない場合は発砲を許可する」


部隊長がつまらなそうな顔つきで、部下に指示をだす。

しかる後、押し問答をしていた兵と民衆の間から、道具箱を持った連中が現れた。


「おっと、門の修理をおっぱじめましたぜ」


「よし、発砲を許可する!」


 王命で、早朝に叩き起こされた大工職人が、門に到着したのだ。蝶番を外そうと近寄った所――ダダダダダダッ。と聞き慣れない音が聞こえた。

 作業を開始した大工と、それを守っていた兵がバタバタ倒れる。一撃で即死した兵も少なからずいるが、ほとんどは負傷してもだえている。

 その光景を目撃したやじ馬が、一斉に叫びながら反転し駆けだした。誰かが倒れても、それを踏み台にして逃げ惑う。皆、好奇心より、命の方が大事なのだ。


「なんてヒドイことを――」


 人々の後方からその様子を窺っていた麗華が、非難の声をあげる。とすれば、われ先にと逃げ出す人の流れに逆らうように、一気に駆けだした。

 すれ違う人々の肩があたるが、彼女が押し負ける事はない。接触した時だけ、ほのかに青い膜がみえる。だが、大衆はそれに気づくことなく逃げていった。


 そして麗華が門に到着する。


「今、楽にしますからね」


 麗華は痛ましそうに負傷者たちに視線を落とすと、手の先が青く輝く。手を翳すと、傷を負った部分に青い光が吸い込まれ、流血していた傷はふさがった。

 倒れている者たちの顔が驚きに変わる。


「おぉ、国家魔法師か! かたじけない」


「はい、あ、ここは私が――」


 麗華がそういうと、皆、申し訳無さそうな顔をして逃げていった。

 ちなみに、麗華はとっさに首肯したが、国家魔法師ではない。


 麗華が武装集団に目を向ける。氷のような視線にさらされた、迷彩服の集団の顔色が一変し、後ずさる。


「魔法師だぁ! 全員散開! 気を付けろ。何をされるかわからんぞ!」


 そこに集まった十名弱の集団は、麗華を取り囲むように広がった。全員、手にはM27-IARを構えている。麗華を中心に、徐々に近づいてくる男たち。


「ヒュー。よく見りゃすげぇマブじゃねぇか。隊長、捕まえたら好きにしていんですかい」


「おめぇのマグナムの後じゃ、ガバガバだからな。俺の後にしろ!」


「ヒュー。了解」


 一人の男が、緊張を紛らわすために不快な言葉を発する。男の言葉で欲情した、他の者もそれに倣う。イヤらしい視線が麗華に向けられた。が、それが麗華のトラウマを刺激する。タケが見れば、あっ、爆発した。そう感じられる程のマナが麗華から迸る。

 次の瞬間――麗華は詠唱する。


下級風壁魔法ウインドウォール!」


 男たちはジリジリと距離を詰めだす。中には舌なめずりしている者もいた。そこに上空から突風が吹き荒れる。地上へ到達した風圧は、近づく敵を後方へと吹き飛ばした。麗華の姿は、風に巻き上げられている砂で見えない。男たちは尻もちを付いた状態で麗華に視線を戻す。その表情は驚愕に染まっていく。

 砂埃が収まると――敵と麗華の間には、流砂のうごめく風の障壁ができていた。



*     *     *


 ここ東門は兵宿舎が近かった。そのおかげで、押し寄せる民衆を、宿舎から持ち出したバリケードでねじ伏せていた。


「よし、このまま誰も通すな!」


 指揮を執っている兵士長が叫ぶ。それに呼応し、兵士たちの士気も高まる。

 すると、何かがバリケードを飛び越えた。それは、音もなく兵たちと門の間に着地した。兵士長が振り向くと、そこには、トンガリ帽子にローブの少女がいた。


「なっ、何をやってる。戻りなさい!」


 どう見ても子供にしか見えない少女に兵士長は注意する。が、その少女は一瞥しただけで門の外へ歩いて行く。


「止めなさい! 外は――」


 尚も、引き戻そうと声を荒げた瞬間につわものの威圧に晒された。


「黙りなさい!」


 少女は振り返ってはいない。だが、その一言に圧倒的な手練れが放つ威圧を、兵士長は感じずにはいられなかった。

 敵には回せない。自分では力不足だ。そう思い、ただ後ろ姿だけ見送った。


 門の外に出たサラフィナは、門を取り囲む迷彩服の集団を見つける。

 それらは全員、黒光りする銃口をサラフィナに向けていた。


「お嬢ちゃん、何しに出てきたのかな?」


「さすがにペドフィリアの趣味はねぇんだけどよ。お嬢ちゃんがその気なら考えなくもねぇぜ」


 男たちの嘲笑が聞こえる。サラフィナは、言葉の意味は分からなくても感は鋭い。すぐに蔑視の意味だと悟る。そして――。


「黙れウジ虫!」


 身の毛もよだつ程の威圧が男たちを包み込む。すると、さっきまで揶揄やゆする言葉を吐いた口元がガクガク震えだした。男たちには意味が分からない。目の前にいるのは幼い少女だ。それが、なぜこうも自分は怯えているのだ、と。冷や汗が頬を伝う。プレッシャーの中、少女が口を開く。


「おまえたちは保護対象じゃない。これ以上戦いを望むなら、土に返れ」


 その言葉とともに、地面から蔓が這い上がってくる。そして、その蔓は男たちを絡め取る。逃れようとするもの、銃で蔓を撃つものもいる。だが、逃げれば追われ、弾丸が蔓を切り離しても、次から次と湧いてくる。

 焦った男の一人が、サラフィナへ銃口を向け発射した。が、銃弾は少女の手前で勢いを失いポトリと落ちた。男の目が大きく見開かれる。

 男たちの異変を察知した後方のM1が、砲口をサラフィナに向け火を噴いた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る