第94話、そして戦端は開かれる。

 まだ暗い時間に鳴り響いた爆音に、俺は叩き起こされた。

 部屋の中は真っ暗で、ベッドから下りると覚束ない足取りで窓際に近づく。


「ん、ここからじゃ良くわからねぇな」


 外から人々の声は聞こえるが、その様子は窺えない。そうしている間に、勢いよく部屋のドアが開いた。


「タケ様、あの音は――」


 サラフィナに続いて、廊下を駆ける足音が続いてくる。


「タケさん、あの音はもしかして――」


 屋敷中が次第に騒がしくなっていく。使用人が駆ける音が聞こえる。


「何度か、爆発音がしたと思ったんだけど、ここからじゃよく見えないんだよね」


 俺がそう言ってる間に到着したのか、アロマが口を開いた。


「それなら、お父様の階に屋根裏部屋がありますわ。そこからなら見渡せるはずですわ」


 それを聞いて、アロマの案内で廊下を走る一行。屋根裏へと続く階段を登ると、そこにはすでに侯爵がいた。俺たちに気づいた侯爵が振り向く。


「何かものすごい音がしたと思ってな、登ってきたんだが……」


 侯爵の目線を追ってみれば、そこにはモクモクと煙をあげる門が見える。その近くには人だかりができているようだった。


「あれは何をしているんです?」


「うむ、タケくんにも分からぬか。私が来た時には、門の周りが明るかったんだが……すぐに消えてしまった」


 ここからじゃ、遠くてよく見えないな。それにしても、こんな暗い時間から何やってんだ。アイツら。それに、あの煙。まるでこの間、酒場を爆破した時のような――。

 そう思いながら、しばらく外を眺めていた。蟻の巣のように、人が集まっているのが見える。そのまま様子を窺っていると、次第に煙が収った。


「はっ?」


「む、あれは――」


「タケ様、やはり」


「タケさんまさか――」


「こんな早くに門を開けたんですね」


 いや、アロマ。あれ、どう見ても開けたんじゃないからね。壊されたんでしょうよ。ここからでもハッキリと分かる位に、門が破壊されていた。

 外の様子をしばらく窺っていると、執事のレオナルドが階段の半ばまで登って来た。全員の視線はレオナルドに向けられる。


「旦那様、城から遣いの者が参っております。何か火急の用件だとか」


 あぁ、やっぱりそうなるか。うすうす感づいてはいたが、陛下の用ってのは分かる。思わずウンザリした面持ちを浮かべてしまう。どうせ、アイツらが攻めてきたんだろうな。皆の表情も俺と似たり寄ったりだ。全員で頷くと、階段を下りて使者が待つ部屋へと向かった。



 使者からすぐに登城するように言われ、侯爵の馬車で城へ行く。

 城に続く渡橋の付近は、大勢の兵がフルプレートでお出迎え。俺が見たこともないくらい物々しい様相を呈している。ん、違うな。俺が大騒ぎした時と同じくらいか……。って、事は、殺気だった視線をまた向けられるのかよ。

 勘弁してほしいね。こちらとしては。

 厳重に警戒されている城内に入り、王が待つ場所へ。

 今回は、国の威信が掛かっている事もあって、謁見の間に通された。

 中に入ると、すでに事態を重く受け止めた貴族たちが集まっている。皆、そろって厳めしい表情しやがって。気がめいるわ!

 あれ、そう言えば――侯爵は後からで良かったのか? あ、重役出勤ってヤツだから別にいいのか。平社員しかやったことがないから気づかなかったわ。

 陛下の面前に出て、儀礼を取る。俺は王様なんて屁とも思ってないが、侯爵も一緒だからな。仕方ねぇ。


「トライエンド侯爵、ならびに、タケ。よくぞ参った」


 へいへい、お辞儀ね。


「ははぁ」


 あらら、国王の顔色悪いな。ハゲるんじゃねぇのか。偉そうに言葉を発しているが、表情は冴えない。隣に立つ第一王子も、今回は同じだ。第四王子も同席しているが、偉そうに腹出してるからシカトっと。


「此度の件、遣いの者から聞き及んでいると思うが、門を破壊したヤツらに覚えはあるか?」


 はぁ、覚えというか、アレだろ。帝国を襲ったヤツら。何を、分かりきった事を聞いてんだよ。何か意図でもあるのか?


「はい。陛下。先日タケ殿より報告のあった、工作員の仲間かと存じます」


 侯爵が先に口を開く。この流れに何か意味はあるのか? 門を壊したヤツらを拘束しろ、もしくは、倒せと命じるだけでいいと思うんだが。


「ふむ、先日のタケの報告によって帝国のスパイを拘束する事ができた。そヤツらの仲間か……」


 ん、それなら、そこの豚が台なしにしたおかげで無意味だったじゃん。何を言いたいのかさっぱりだな。おっ、陛下の表情が一瞬ニヤってしたような――。


「その件を含め、此度の騒動を納めし時には、タケに褒美を取らせようと思うが、侯爵よ、どう思う?」


 褒美かぁ。侯爵に借金もあることだしな。それは願ったり叶ったりだが……。


「はい。陛下の望まれるままに……」


 だからさ、褒美をくれるなら俺に聞けよ。金貨1000枚で手を打つからさ。いや、侯爵さん、そこは陛下じゃなくて、俺が望むままにでしょうよ。


「うむ、わかった。ではタケよ。此度の件が片づいたら――」


*     *     *


「はぁ。何でこんな事になってんのかねぇ」


 王城からいったん、侯爵邸へ戻った俺たちは、談話室で作戦を立てていた。

 俺の隣にはなぜか、顔を真っ赤に染めたアロマと、麗華さんが。正面には侯爵とサラフィナが腰を下ろしている。

 これには訳がある。

 陛下が出した褒美とは、侯爵家の跡取りとなること。そして、アロマと婚姻を結んだ暁には、公爵へ叙勲する事を提示された。で、のぼせ上がったアロマが顔を熟したトマトにしているというわけだ。

 おいおい、この国に仕えるつもりはねぇって前に言ったよな。なのに、なぜこうなった。あの場で、断る事もできた。だが、第四王子と貴族たちの手前、アロマに恥はかかせられねぇ。そう思った俺はひたすら黙った。そしてなし崩し的に話は進んで、今に至る。

 いや、アロマは確かにキレイだよ。性格だって悪くはねぇ。この数カ月間一緒に暮らして情だってある。でも、アリシアの姉だぜ。まぁ、褒美に金貨1000枚も付けるって言うから、それ貰ったら公爵に返済して3人でトンズラだな。

 そう考えると、隣で茹で蛸のようになっているアロマが不憫ふびんに――いかんいかん。そんな情はこの際捨てねぇと。昨日、麗華さんと良いところまで行ったしな。

一夫多妻制なんて器用なマネ、俺には向いてねぇ。


「あのぉ、タケさんはあの話受け入れるんですか?」


 あぁ、麗華さんも不安そうな表情してるし。ここはバシッと言ってやらないと。


「いやいや、俺、この国に仕える気はないからね」


「ほえぇぇぇぇータケさん、そうなんですの? それじゃ、私は……」


 うはっ、アロマの顔色が一気に変わった!

 こ、ここは、何とかごまかして……。


「アロマ、これから戦場へ赴く亭主を困らせるでない」


 おい! 侯爵! 何もう決まった事のように話してんだよ! そもそも、そんな話受ける訳がないだろ。アリシアの件は話したよな。


「そうです。タケ様。今はヤツらを倒す事の方が先決です」


 先決じゃねぇよ。この王都なんかどうなっても……はぁ。それはさすがに困るな。民主化に反対したサラムンドの王族、貴族は一族郎党処刑されたって聞くし。俺が何もしなくて陥落すれば――当然、トライエンド侯爵家も。あぁ、クソッ。


「そうですね。まずは門にいる人を何とかするのが先ですから」


 麗華さん……。


「相手はタケ様の世界の武器を所持しているんですよね? その武器は私たちの結界で防げますか?」


 おうおう、目ん玉吊り上げちゃって怖いねぇ。サラフィナは。魔法が使えない侯爵とアロマは気づいてないけど、オーラが迸ってやがる。サラフィナと麗華さんの結界か。どうだろ、銃なら、俺が無意識で詠唱した結界で防げる。でも、戦車はわかんねぇな。って、まさか二人も戦う気なのかよ。


「まさか、サラフィナと麗華さんも戦う気なの?」


「タケ様、当然です!」


「当然です。同じ世界の住人として見過ごせません!」


 あちゃ。麗華さんのオーラも膨れ上がった。結界があれば何とかなると思うけど、できれば安全な場所にいてほしいな。


「うーん、結界に関しては大丈夫だと思う。ただし、戦車の攻撃を受けた事はないから。んー、どうだろ」


 戦車の砲撃を食らったら、ちょっと厳しいかもしれない。よし、ここは辞退させて――。


「なら大丈夫ですね」


 何でそうなるんだよ。麗華さん。


「麗華様、どういうことでしょうか?」


「はい。魔法を覚えて気づいたんですけど、この結界はどんな衝撃にも荷重にも耐えられました。スキーに行ったときに、結界をかけて滑ったの覚えてますか?」


 えっ、そんなの掛けてたの? 俺は掛けてなかったから骨折したけど。サラフィナが首肯しているって事はそうだったのか。


「はい。あの時に、尖った岩肌にぶつかっても痛くなかったんです」


 へぇ。そんな事があったのか。でも、だからといってそれで砲弾を防げる理由にはならねぇ。それとも何かあるのか?


「それとこれと何の関係が?」


 おいおい、サラフィナ。よそうぜ、麗華さんは待機で良いじゃねぇか。


「えっと、私の体重で、岩に衝突した時の荷重を計算してみたんです。その結果ですね。砲弾の重さが、私の体重より重ければ別ですが……」


 確か、砲弾の重さは20キロ前後だったはずだ。対して麗華さんの体重は40キロ台。だが、それで大丈夫とは言えねぇ。砲弾の発射速度が関係しているからだ。


「麗華さん、その計算は無理があるよ。だって、戦車の砲口初速は毎秒1800メートルだ。無理だよ。絶対ダメだ」


 ほらっ。麗華さんも忘れてたって顔してるし。やっぱお留守番決定だな。


「うーん、結界の上掛け、もしくは、結界の正面に遮蔽物しゃへいぶつを用意すれば――」

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