第92話、タケ、告白する。

 ザイアーク王都から直線距離にして、わずか一キロメートル。

 残雪を、無数のキャタピラーがキュルキュルと音を鳴らして踏みしめていく。その数五台。その後方には、軍用トラックが三台、最後尾にはハマーH1が付いて来ていた。


「空気はうまいが、こう平坦へいたんな地形ばかりだと飽きますな」


 つまらなそうな面持ちでデスチルドが呟く。


「私の故郷も似たようなものでしたので……」


 対して答えたのは、日本WooTober界のアイドル的存在。宗方総司である。かっぷくのいい老人を盗み見て、総司は思う。デスチルドはそれを望んで異世界へ渡ったのではないのかと。


「あぁ、確か君の実家は北海道だったか。私も昔行ったことはあるが、臭かった記憶しかないなぁ。テキサスと似た臭いだった」


イヤらしい笑みを浮かべ、宗方を挑発するデスチルド。


「ああ。行かれたのは牧場ですか? あそこなら確かに臭いますね」


 立場上、デスチルドの下である宗方は調子を合わすが、それが彼には気に入らなかったようだ。


「ふん、農奴の臭いがプンプンするという意味ですよ」


「――――――――――」


 宗方は答えなかった。そもそも、宗方の家は普通の会社員の家だ。パルプ工場で勤務する父と、パート勤めの母。そしてまだ小学生の弟がいる。農業に従事してない彼には分からない。ただ、田舎を馬鹿にしているな。とだけ感じた。


「分からないのならいい。それは幸せなことだ。所で、彼からまた魔法を授かったとか」


 嫉妬のこもった視線を宗方に向ける。


「はい。彼、石神さんから、今回の遠征は、全力で行けと言われていますので」


 そう話す、宗方の視線が鋭く光る。自分は苦労して企画を練り、動画の編集にも工夫をこらし、ようやくトップの座に上り詰めた。だが、あの男、タケは違う。石神の力で異世界へ来れて、石神のおかげで魔法を使えるようになった。タケの動画は全部見たが、アレはなんだ。子供の運動会の動画の方がマシだ。それなのに――タケの動画は軒並み急上昇ランクのトップに上がった。自分の動画の方が面白い。それなのに――ド素人に抜かれたのだ。愕然とした。呆然ぼうぜんと立ち尽くした。驚愕に震えた。こんな事はあってはならない。そんな時に、タケと同じ異世界へ行きたいかと、石神から声を掛けられた。勿論、即答した。自分ならもっとうまくやれると――。だが、自分の動画は、会員以外は見られないように規制された。大人の事情ってヤツだ。悔しかった。情けなかった。そんな思いを抱いていたときに、タケが石神を裏切ったと聞いた。腹が立った。タケは、アイツを有名人にした恩人の顔に泥を塗った。許せない。許してなるものか。この作戦が終了したら、動画を一般に公開してもいいと、許可を取った。負けないために、多くの魔法も授かった。自分にとって、将来のかかった大勝負なのだ。素人動画でWooTobeの品格を落としたタケを自分は絶対に――許さない。


 宗方の言葉にはそんな熱意が込められていた。



*     *     *


「それにしても良かったですね。ケガもなく無事で――」


 侯爵家に戻った俺は、麗華さんに温かく迎えられた。

 優しく天使のような笑顔でこんな事いわれちゃったら、勘違いしちゃいそうだ。

 で、これから剛人さんに報告をするんだけど……あっ、また隣に座るのね。


「うん。でも、結果は失敗かな。捕まえて、顔を晒してやろうと思ってたのに――残念だよ」


「フフッ、でも、その人たちの写真をネットに出しても、無意味だったと思いますよ。だって、スパイって素性は明らかでないっていいますから」


「えっ、そういうもの? 俺なんかの写真がネットにアップされたら、あっ、アイツどこの家の誰々だってすぐバレるけど」


 実際に、バイト先で悪ノリした学生が、身元特定されてよく炎上してるしな。


「日本なら指名手配の犯人はよく捕まりますけど――世界は広いんですよ。くすっ、タケさんが知らない事もあります」


 えっ、それどこの知識なの。何でそんな裏社会の事情とか知ってるわけ……。


「えっと、麗華さん」


「何でしょう。タケさん」


 うわっ、顔近い。目の前に顔つき出してコクンって。思わず視線が泳いだわ。


「なんでスパイとかに詳しいの?」


 まさか、興信所に知り合いでもいるのか? あっ、そう言えば剛人さんが言ってたな。麗華さんは失踪する前に興信所の人と会ってたって。


「それはですね……」


「うん。それは――?」


 ゴクン。


「ミッションインポッシブルでやってましたから」


「映画の知識かよ!」


「クスクスッ、何だと思ったんですか?」


 うっわぁ。今の笑顔、めっちゃわかいい! これが彼女だったら今すぐベッドに押し倒してるぞ。そんな度胸はないけどさ。やばっ、また火照ってきた。


「うん、実は裏社会を歩いて来た女ボスとか……」


「フフフフ、そうなんです。実は私っ――裏社会のってなんでですか! 両親の件で、興信所の人とお会いする事が多かっただけです。でも、ひと目に付かないように、会うのってドキドキしますよね」


 うん。俺も今、めっちゃドキドキしてる。


「そうだったのか。なるほどね」


 何がなるほどなんだよ。あぁ、頭に花が咲きすぎて、思考が追いつかねぇ。にしても、興信所か。ホッ。でも、なんでいつもこんなに近くに寄るんだろ。まだ剛人さんとチャットがつながってないのに……。


 静かな時間が流れる。そう、そこに二人がいることが、当たり前のように。そして見つめ合う二人――。どちらかともなく、お互いの顔が、近づき――。


「あのぉ、タケさん? どうかしました? そんなにジッと見つめて。あっ、私の顔に何か付いてましたか?」


 妄想かよ!


「ふっ、麗華さんが、俺の事なんて好きになるわけがないよな」


「えっ――」


 えっ、ええええええぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇーーー。

 もしかして、声に出てた?

 それも、思いっきり?

 やべぇ。絶対引かれたわぁ。目の行き場がねぇ。下向いちゃお。

 それにしてもしくったぁぁぁ。無意識に声に出しちまった。

 麗華さん、どんな顔してんだろ、しかめっ面かな?

 見る勇気ねぇよ。


「クスッ、わ、私も、タケさんの事が好きですよ」


 えっ、今の聞き間違いじゃないよな?

 今、好きって聞こえた。

 ヤバい、心臓バクバクいってる。


「だから、顔を上げてください。タケさん」


 そう言われてもな……えぇぇぇいままよ! 

 俺は戦々恐々と顔をあげる。そこには、顔を真っ赤にした麗華さんがいた。

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