第91話スキーの日に……。(閑話3)
冬に入って間もない頃、ここザイアーク王都も雪に包まれている。
本日は、快晴ということもあり、俺は念願のスキーを楽しむことにした。
スキー板なんてものはこの世界にない。だが、雪の上でも馬車を走らせるための、画期的な板ならあった。車輪の代わりにスキー板を履かせた、雪上馬車だ。
俺は、鍛冶師に頼んで、人間用にそれを改良してもらった。板の裏に塗るワックスは、この世界の蝋燭を塗る。靴を固定する金具は、乗馬用を用いた。丘を移動するのに、小型の雪上馬車の荷台も借りた。
「おぉぉぉし! 待ちにまったゲレンデ日和だ!」
「本当に、これで滑れるんですの?」
ふふっ、初めてのアロマは不安そうだな。
「アロマくん、俺にまっかせなさい! 高校のスキー教室で鍛えた技術を伝授しよう。俺の動きをよく見ておくんだよ!」
「タケさんの高校ではスキー教室があったんですね」
ふふっ、麗華さんに良いとこ見せちゃうよ。タケさん、ステキとかいわれちゃったりして。いやぁ、惚れられちゃったら……あり得ないか。
「タケ様、もう少し早く走ってもいいですよ。遅いと雪上馬車が沈み込むので――」
くそっ、サラフィナめ。いい気なもんだぜ。街を出る時の席順決めを、根に持ってんじゃないだろうな。まさか、お嬢様のアロマと、麗華さんを不慣れな馬車に乗せらんねぇだろうに。
イムニーの乗車定員は四名だ。だが全員乗せると、かなり狭くなる。で、小型の雪上馬車にサラフィナとスキー板を乗せて、イムニーで引っ張ってるってわけだ。
だがどうだい。いつ転倒してもいいように、結界はかけるわ。タイヤの跡をうまく利用して、まるでボブスレーの様に動き回ってる。もしかして、一番楽しんでいるのはサラフィナかも知れない。ロープ切れねぇだろうな。
「麗華さんは、スキーは初めて?」
ふふっ、初めてだったら、俺がしょ、しょ、初めてを、いただいちゃうよ!
「いえ、フランス留学の時に、友人とムジェーブに――あっちは年中雪があったんでよく連れて行ってもらいました」
チッ、なんだ。初めてじゃないのか。
「へぇ、そうなんだ」
お嬢様だから、そんな上級者コースなんて使わねぇよな。やっぱ俺が手本を見せて……ムフフ。
「タケ様、なんかイヤらしい目つきですよ。ちゃんと前を向いてください」
うっさいわ。ボブスレーしながら人の顔色まで分かるとか。余裕ぶってられるのも今の内だかんな。
「タケさん、それにしてもこの車ってすごいですわね。雪の上をこんなに早く走れるなんて――」
あぁ、サラエルドの街から王都まで、ずっと気絶してたからな。アロマは。あんま覚えてないのか。
「うん、まぁね。でもこれ以上、雪が積もったら走れないけどね」
そうして走ること数分。俺たちは、前に王都を見下ろした丘の上に着いた。 おっ、良い感じのパウダースノーじゃん。って、あれ、よく考えたら、全員で滑ったら誰がリフトの役をやるんだ?
俺がそんな事で悩んでいるとは知らず、他の皆はスキーを装着する。
「それじゃ、サラフィナさん、行きましょうか!」
「はい、麗華様」
「あ、あ、あの、これどうやれば良いんですの? あっ、待って、お二人ともお待ちになってぇぇぇぇ」
アロマの叫びをスルーして、二人はうまくパラレルターンを決めながら去って行った。うめぇ、二人とも凄すぎる。これ、俺は滑らない方がいいんじゃね?
そして、アロマと目が合った。
「タケさん、ここからどうすれば?」
「は、はい。教えますね」
よし、これだ。コーチに専念すれば、下手なのがバレねぇ。
「そうそう、足はハの字で――」
「こうですか?」
「うん、そうそう。そんな感じ。で、向きを変えるときは、足はこう。曲がる方向に軸足を移して――」
「分かりましたわ!」
へぇ、お嬢様だと思ったけど、案外アロマは勘が鋭いんだな。俺がスキー教室で二時間かかった体重移動を呆気なくマスターしてるわ。
さて、俺はどうするか……。
「タケ様ぁぁぁぁ楽しいですよ」
「タケさんは滑らないんですか?」
えっ、いつのまにここに――というか、どうやって? この距離を下まで行って、戻ってくるには早ぇだろ。
「あれ、どうやって登ってきたの?」
二人は満面の笑みを浮かべている。俺の疑問に彼女たちは――。
「「勿論――魔法で!」」
えっ、じゃ、行きますよ。と言われ、背中を押された俺の体は、勢いよく一直線に滑り出す。
「うぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉーーーーー」
スピードの乗った俺の隣を、悠々と追い越していく二人。
やべっ、腰落とさねぇと。と思った矢先――あ、ダメだ。コブに乗り上げ俺は見事に転んだ。そのまま雪上を回転しながら転がり続けた。
俺が骨折をして、回復魔法で治したのは言うまでもない。
「スキーって楽しいですわね!」
「また皆で来ましょうよ」
「タケ様、どうしたんです?」
くそっ、もう来ねぇよ!
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