第88話、闇に蠢くものたち。

 LIVE配信から数日たったある日。剛人さんから、LIVE配信の動画を削除したと連絡がきた。WooTube側から抗議されたのだ。まぁ、予想通りだな。状況証拠しか、そろっていなければ決め手に欠ける。実際、LIVE配信で話した時も、リスナーの大多数が否定的だったから想定内だ。だが、これに飛びついたものもいた。共産主義国家のロシアと中国だ。


 東西冷戦の終結によって、ロシアは著しく経済力が低下した。そして、近年、アメリカからの経済制裁をうけていた中国も同じ。復活の機会をうかがっていた所に、アメリカ企業の不祥事とあれば、乗らない手はないだろう。粉飾決算や、横領、脱税であれば、ここまで騒がれる事はなかった。だが、今回の件は、自由と民主主義を理念とする、アメリカ合衆国の不祥事として非難された。

 銃で攻め込むだけなら、問題に発展しなかったかもしれない。だが、WooTobeは戦車を所有していた。これによって、国家ぐるみの犯罪と断定された。

 もっとも、ロシアや中国の思惑は一緒だろう。うちにも一枚噛ませろといった意味合いで、国連で大騒ぎしてるってわけだ。


 だが、当然、WooTobe側は素人配信者のたわごとと一蹴した。


 当たり前だ。確たる証拠がないからな。

 WooTobe側は俺に対し、訴訟を起こすと叫いているそうだ。やれるものならやって見ろって感じだぜ。ぷぷっ、訴訟団でも異世界へ送んのか?

 まぁ、無理だな。自分が犯人だとバラす様なものだ。

 それはそれで面白いが……。


 そんな訳で、体裁を整えるために、LIVE動画は削除された。


「兄は大丈夫でしょうか?」


 さっきまで剛人さんとチャットしてたから、麗華さんは俺の部屋にいる。当然、すぐ隣に。って顔近いって。ふわぁ、麗華さん、今日もいい匂いだね!


「剛人さんは運営しているだけだからね。敵視されんのは、俺の方だと思うけど。それに動画はすぐ削除した訳だし、大丈夫じゃない?」


 不適切な動画をアップロードしただけで、その都度、訴えられたらたまらん。それはWooTobeだって良くわかってるはずだ。剛人さんの話では、共産圏が睨みを利かせている限り、下手なマネはできない。そう、言ってたしね。


「ならいいのですが……」


「ここからは、相手のでかた次第だよ」


 そう。向こうで何かができる訳じゃない。やってくるとしたら、やっぱ俺の所だろうな。口封じか、それとも強制的に俺を日本へ戻すか。

 俺の所に来たら――今度こそ捕まえる!

 そして、世界中に顔晒してやんよ。


*     *     *


 カリフォルニア州のビバリーヒルズ。

 ここは多くの高級邸宅が建ち並ぶ、金持ちの街だ。

 その一画でも、ひときわ広大な敷地の中に建つ豪邸の一室。


「うーん、非常に困りました。大統領からリベラルの連中の監視が厳しく、今後一切の軍事協力はできない。そう言われてしまいましたよ。グローバリストのわれわれとしても、現段階で、下手なことはできません。この責任の一端は君にもあるんですよ。おわかりですね、ミスター石神」


 世界中どこを探しても、これほど贅をこらしたソファーは見つからない。そんな豪華な席に、深々と腰を沈める白髪の男。年の功は80を超えてるが、眼力はうせず、ギラギラとしている。彼は、わざとらしく額に手を置き、正面に座する小柄な少年に圧力をかけた。


「重々、承知していますよ。ミスター・フェローー。大丈夫ですって。こちらにも切り札はありますからね。それに――そんなに煮詰まってたら頭がはげちゃいますよ。最近また薄くなったんじゃありませんか?」


 一方で、少年も負けてはいない。みためはフェローの玄孫でもおかしくないが、その威圧感はドラゴンにも勝る。彼はニヤニヤと笑いながら、やり過ごす。

 一見、不機嫌そうには見えない彼から、強力なオーラが立ちのぼった。


「ウッ、参りましたな。さすがは元――」


「おっと、そこまでにしときましょうか。壁に耳ありとも言いますからね」


 少年が言葉を発すると同時に、彼の体が巨大化した。物質的にではない。内包された存在感が大きく膨らんだのだ。これ以上、気に障ることをいえば、タダでは済まされない。そう感じたフェローは、額にたまった汗を拭う。

その様子を見て、話はここまでだといった風に、少年は席を立った。


「じゃ、僕は日本に戻るから。結果は動画で見てよ」


 少年が部屋を出て行くと、空気そのものが軽くなった気がした。

 フェローは肩の力を抜いて言葉をこぼす。


「ふっ、化け物が」


 フェローは思い起こす。彼と出会った数年前を。


 初めに、石神をフェローに紹介したのは、彼の息子だった。

 世界有数の富を有し、あまたの会社を持つ彼ら――フェロー一族。宇宙への進出を模索していた彼らは、宇宙線研究所という機関を作った。そこを任されていたのが彼の息子である。

 数年前、息子から紹介したい者がいると言われ、知己を得たのが石神だった。

 当初フェローは、見た目も体形も小柄な石神を侮った。ただの小汚い小僧だと。

息子から不思議な能力を所持すると言われても、嘲笑していのだ。

 だが、彼らの支援を受けた石神が、とある日本の研究室を買い取った事で一変した。宇宙線から、マナというものを取り込んだ石神は、頭角を現すようになる。

 われら一族は、石神の能力に酔いしれた。

 これまで、誰も手にしたことのない未知の世界に。

 WooToberという芸人を異世界へ送ったのも、石神の提案だ。その者が配信する動画を、資産家の中でのプレゼンに使った。異世界の動画を目にした者の反響は凄まじかった。この地球上の、ありとあらゆる富みを独占してきた彼らは、新しい新天地に目を輝かせた。

 その先陣として送り込まれたのが、デスチルド一族だ。

 ヤツの子飼いから送られてくる動画は、われらを熱狂させた。

 わずかな武力だけで、大国を手にしたのだから当然だ。面倒な根回しも、政治家への賄賂も、株価操作もいらぬ。膨大な資源が眠るまさにワンダーランド。デスチルドの次もすでに決まっていたというのに……。


「えぇぇぇぇい! 忌々しい」


 石神はああ言ったが、大統領を通さず、手を打てないか。

 フェローは思考を巡らせる。が、異世界へ行くには、石神の協力なしでは実現しない。そう結論づけ、ソファーに背中を預けると、ゆっくり瞳を閉じた。


*     *     *


 フェローの部屋から退室した石神は、連れを待たせている一室へかけこむ。


「ごめんッ。お待たせッ! 用は済んだからさっさと帰るよッ」


「もういいの?」


「あぁ、あとは宗っちの仕事だからねッ。それにしても、失敗しちゃったなぁ。大判振る舞いでポンポン魔法をあげなきゃよかったよ」


 石神は苦笑いを浮かべながら、宙に浮いている少女におどけてみせる。


「あぁ、アレの事ねッ。どうせ使い捨てるつもりだったんでしょ?」


 宙をくるくる泳ぎながら、上目遣いで答える年端もいかぬ少女。彼女の柔らかそうな漆黒の髪には、角が隠されていた。


「そうなんだけどねッ。馬鹿そうだから選んだのに、手のひら返すんだもん。やってらんないよ。だからねッ、意地悪しちゃうんだ。僕」


「ははっ。じゃあ私も混ぜてもらおっかな?」


「エリーゼはダメだよぉ。僕とこっちに居てくれるんでしょ?」


「うん。一緒にいるぅ」


 タケが見たら、何とも甘ったるい会話だが、二人の強さはタケをも圧倒する。

 いくつもの絡み合った糸が、いま、まさに解かれようとしていた。




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