第84話、タケ、欲情する。
「えっ、なんで――」
ノートパソコンをネットにつないだ俺は、試しに検索エンジンを開いてWooTobeをのぞいてみる。
案の定、以前アップロードした動画は削除されてた。アカウントもロックされてる。
ちなみにWooTobeの親会社の検索エンジンは使っていない。親会社もグルだったら、ヤツらに発見される恐れがあるからだ。
ついでに、他のサイトも回ってみると、あら不思議。前はWooTobeしか見られなかったのに、呆気なく、つながった。
すぐに麗華さんを呼んで、剛人さんの会社のホームページを開いて冒頭に戻る。
「どうしたの?」
ノートパソコンをって長いので以下、ノーパソで統一ね。横から覗き込んだ感じでは、普通に企業のホームページ。ええい、これもホムペで略ね。が、表示されている。でも、こんなに驚いている顔の麗華さんは初めて見たかもしれない。俺がケガして戻った時でも、これほど動揺してなかった。
「ええっと、社長が兄じゃないんです。しかも、専務さんでもないし――」
あれ、ホントだ。社長の名前が外国人になってる。
「ちょっと貸して」
俺はWikipediaを開いて、颯コーポレーションを表示させる。えっと、なになに。時系列順に沿革を見ていくと、アメリカの企業に買収されていた。
「――っつ」
横から画面をのぞき込んでた麗華さんは、思わず息をのむ。俺はさらに深堀して、買収した企業を調べると――。
「あぁ、なるほどね。そういうこと」
無意識に、俺に内包されているマナが膨れ上がる。先日のサラフィナも、こんな気分だったんだな。ほんと、むかっ腹がたつよ。
颯コーポレーションの買収を行ったのは、Woogle傘下の企業だった。クソっ。麗華さんを異世界へ飛ばしただけでなく、剛人さんを社会的に抹殺したってか!
「ああ、あの、兄にメールしてみてもいいでしょうか?」
怯えきった面持ちで、震える声で言われて、ダメなんて言えるわけがない。
「ちょっとまってね。今メールブラウザーを開くから」
「はい……」
消え入りそうな声色で返事されたら、どうしていいかわかんねぇよ。俺にもっと経験があれば、気のきいたセリフも言えたかも知れないけど。
「いいよ。使って」
ぶっはぁぁぁ、これが俺の精一杯。かすかに首肯した麗華さんは、無言でアドレスを打ち込んでる。まさか、殺されてねぇよな。大丈夫だよな……剛人さん。無事でいてくれよ。次第に、俺の顔も険しくなる。キーを押す音だけが、室内にひびく。メールを送信して、そのまま戻ってきたら――考えたくねぇ。
そんなことあってたまるか!
相手のメールアドレスが使用されてないってことだからな。解約されていてもおなじ。
俺みたいに、何度もプロバイダーを変えれば、よくある話だ。安いプロバイダー料金の所があれば、すぐに切り替えてるからな。でも、金に困ってない剛人さんがころころ変えるわけがない。
麗華さんがメールを送信して数分。静寂が部屋をつつみこむ。針時計でもあれば、カチッ、カチッ、カチッってやめい! 緊張するわ。
まだ、それほど時間はたってねぇ。まさか――。送信から、5分にも満たない時間で返信はきた。麗華さんは、瞳を大きく開けて涙ぐんでいる。どっちだ、どっちなんだ。本人か、それとも。俺の中の時間がやけにながい。
空気が張りつめたように痛い。
「あ、兄です。兄から返信がきました。ああぁぁうわぁーん」
張りつめた空気が一気に霧散する。代わりに、麗華さんの号泣だけが鳴り響いた。俺も思わず涙ぐむ。よかった。本当によかった。両親の自殺に関与し、麗華さんを異世界へ飛ばしたヤツらだ。最悪、剛人さんの命をうばっていても不思議じゃなかった。俺は、ホッと胸をなでおろすと画面をのぞきこむ。
メールは文字化けしていたが、確かに、打ち込んだアドレスから返信がきた。
嗚咽をもらす麗華さんに代わって、ノーパソに保存してある彼女の画像を、メールに貼り付け送信する。これで麗華さんの無事も伝わるはずだ。こっちから送ったメールも、文字化けしてないとは言い切れないからな。
果たして、刻を待たずに返信はきた。画像が添付されている。それをひらく。
「うあーん、お兄ちゃんだ。お兄ちゃん、お兄じゃーん」
そこには、俺の知らない男性が映っていた。さらさらヘアーで、銀細工が施された眼鏡をかける、いかにも優秀そうな男だった。俺と真逆の――イケメンだ。
あぁ、認めるよ。この顔で偉そうに説教されたんだな。とか、ちょっとだけ思ったけどね。画像を見てからの麗華さんの取り乱しようはなかった。麗華さんってお兄ちゃん子だったんだな。
そして、画像の下のリンクに気づく。
「ん? なんだ――これ」
剛人さんに限って、ウイルスへご招待。なんて、するはずもないし。
クリックしてみると、そこは、俺も知ってる落ちぶれた動画サイトだった。
「どういうことだ?」
まさか、と思いながら、動画の運営会社を調べる。そこの代表取締役に剛人さんの名前が記載してあった。
ははっ、さすが剛人さん。ただじゃ転ばないってか!
「麗華さん、これを――」
俺は嗚咽を漏らす麗華さんに、それを見せた。
デキる男ならこんな時どうするのかな。そっとしておいて、気分が落ち着いたときに知らせるのか。それとも……。女の扱いに慣れてない俺には、こんなささいなことでも、グチグチ悩んだりするんだよな。
「くすっ。お兄ちゃん、さすがです。まだ諦めてませんね!」
あぁ。剛人さんだけでなく、俺もね。
やっぱり、麗華さんは笑っているときが、いちばんステキだよ。
俺たちは、肩を寄せ合いながら、剛人さんの軌跡をみていた。
やべぇ、近づきすぎだろ。体あたってるよ。あったけぇー。しかも、やわらけぇー。こんな時だっていうのに、元気になっちゃうじゃん!
今晩は、久しぶりに……ネットもつながってるからな。
* * *
あのあと、剛人さんが運営するサイトに、動画をアップロードした。時間だけはあったからな、編集を終えた自信作だ。プロからすりゃ、ヘタだけどな。
アップロードするにあたり、麗華さんには確認した。俺の動画は影響力が大きい。異世界の動画なんて珍しいからな。しかも、魔法シーンまでバッチリだ。そんなものを剛人さんの会社で扱っていいのか……。また、WooTobeから睨まれるんじゃないか。心配だったからだ。でも、麗華さんが口にしたのは――。
「大丈夫です。お兄ちゃんはそのためにこの会社を、動画配信の企業を買収したんだと思いますから。ふふっ、まったく怖いもの知らずですよね。こんな目にあってるのに」
はぁ。これが兄妹か……。まぁ、普通の兄妹でも、ここまで理解しあってるのは珍しいと思うけど。強気なのは兄貴だけじゃないよ。麗華さん。
こうなったらガンガンアップロードしちゃうからね。俺も負けられんねぇ!
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