第85話、剛人の反撃。

「金子くん、不適切動画の報告がユーザーからきてるぞ。処理をたのむ」


 この会社では当たり前の光景。

 ただし、見る人がみれば、社長のわずかな変化に気づくだろう。


「ねぇ、今日の社長、何かいいことでもあったのかな?」


「そうか? いつもああじゃないか?」


「そっかな? いつもはもう少しピリピリした感じがしたような……」


 昨日、私のもとに一通のメールが届いた。いつもなら文字化けしたメールなど、ゴミ箱へ捨てていた。だが、送信者のアドレスを見て気が変わった。


 TAKE@*********JP


 末尾にJPが付くものは送信が日本のドメインを指している。いかがわしいメールに使われる事はあまりない。それに何より、TAKEの文字に興味を惹かれた。私の知る限りでは、TAKEという人間は彼だけだからだ。プロバイダーも国内の正規の会社だったことも、拍車をかけた。

 もしや、とは思ったが、希望をいだかずに「どちらさまですか」とだけ書いて返信した。

 すぐに返信は届いた。表示された画像をみて、胸が高鳴った。


「麗華――」


 そこに写っていたのは、紛れもない妹の麗華だった。二人の女性に挟まれ、こぼれるような笑みをみせていた。

 間違いない。このメールアドレスは彼のものだと確信した。

 そして文字化けの理由にも思いあたった。なぜだかは知らないが、異世界から送信したメールは文字化けされる。以前、彼が言っていたことを思い出した。

 私は、すぐにスマホで自分の顔を撮影し、それを彼へ送る。画像の下に、この会社のURLを貼り付けて。これで向こうも私だと気づくだろう。

 それから数時間、彼からのメールは来なかった。

 彼は私の意図に気づいただろうか、待つだけの時間が長く感じる。しばらくして、サーバー構築担当の佐伯くんが、異変を察知した。


「社長、やたらと重い動画がアップロードされ始めたんですけど。どうしますか?」


 うちのような弱小企業では、一度にアップロードできる動画の容量は決まっている。だがこの時の私には確信があった。彼だ、と。


「佐伯くん、すまないがそのまま頼む。五十嵐くんと協力して、こっちの容量も増やしてくれ」


「えぇぇー、今すぐですか!?」


「えっ。マジ!」


「あぁ、すまんがよろしく頼む」


 システムエンジニア担当の五十嵐と佐伯から愚痴が漏れるが、これがネットに上がれば彼らも驚くさ。それにしても復帰早々やってくれる。


 あれから2時間。すでに数本の動画がアップロードされたが、時間単位の時が流れても、終わることはない。


「社長、この動画って――」


「えっ、これって、もしかして、アレ?」


「社長ぉぉぉぉぉ、こいつと知り合いだったんすか?」


 フフ、驚いてるな。さもありなん。ネット界隈かいわいで、一時期話題に上がった有名人だ。先日、動画のクオリティに難癖を付けていた皆も、この展開は読めまい。

 さて、私はアップロード済みの動画を見させてもらうとしよう。


 動画は、主に、彼が滞在している街の映像が多かった。うん、この街並には覚えがある。以前、あっちのサイトWooTobeで見た動画と同じ場所だと推察できる。異世界に肖像権があるのかは知らないが、顔にモザイク加工もされていた。私としては、未加工で見てみたかったが仕方ない。


「えっ、マジ」


「何、これ――本物の魔法?」


 私が街の動画をみている間に、会社の連中が最新の動画を視聴し始めたようだ。

 フフ、ここからが本番ってことか。私は内心で膨れ上がる愉悦を押さえ切れない。思わずニヤけてしまう。おっと、いかんいかん。


「社長ぉぉぉ、すごいっすよ。これ。以前のクオリティーとダンチです」


「ここまでハッキリと魔法が写ったら、度肝ぬかれますよ」


「すげーっす。マジすげーっす」


 社内が彼の動画で一気に沸き立つ。

 どれ、私も見てみるか――。最初はタケくんが、豪快な魔法で、一瞬のうちにゴブリンを討伐している。もう一人のトンガリ帽の女性は、以前見たことがあるエルフだった。そして何より、私を驚かせたのは、麗華の戦闘シーンだった。

 私の知る麗華は、気は強いが、荒々しい一面などなかった。だがどうだ。画面の中の麗華は、果敢にも凶悪な顔のゴブリンと戦っている。

 そこまで麗華は追い込まれたのか……あの優しかった麗華が……。

 私の胸は、締め付けられるほど苦しくなった。

 麗華になにがあったのかは分からない。だが、確実に、麗華を異世界は変えたのだと。だが、戦いを終えた麗華の表情は、晴れやかだった。

 麗華は自ら望んでいるのだと、生きる喜びを感じている様にもみえる。


「ふっ、いつの間にか大人になったな――」


 私の知らない、麗華は輝いていた。

 次は、俺の番だ。


 1週間後、彼の動画の再生回数は伸びなかった。一番ネックになっているのは、やはり、1本辺りの動画の重さだった。再生する際に、画質を落とした設定も視聴者からできる。だが、それをすると画質が荒くなる。結果、どうしても作り物のような仕上がりになった。私はそれを解決するため、動画の分割をおこなった。タケくんには報告していないが、彼なら分かってくれるだろう。


 動画を分割してからの反響は凄まじかった。

 口コミで話題となり、タケくんの以前のファンも戻ってきた。

 社内で鳴り響く問い合わせの電話に、社員たちはおおわらわだった。私は愉快で仕方がない。彼を捨てたWooTobeに、一泡吹かせた気がした。これにより、この会社にも圧力がかかるだろう。だが、望むところだ。


「今度こそ――」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る