第80話、タケ、ボコられる。

 雪に閉ざされたザイアーク大国王都は、ひっそりと沈みかえっていた。なんて事もなく、冒険者たちが捕獲してきた雪うさぎの肉を使った料理で、露天は賑わいを見せていた。


「しっかし、毎日お茶会とか飽きないのかねぇ?」


 雪かきの跡が残る大通りを歩きながら、俺はひとりごちる。

 王都の外は、冒険者が歩いた場所をのぞけば、馬車の一台も通る隙間はない。当然、イムニーは動かせない。強制的に王都に軟禁されたようなものだった。

 女性陣はなにが楽しいのか、日がな一日談話室でお茶会にいそしむ。もともと口下手な俺は、そんな集まりに参加しない。で、部屋に閉じこもって居たわけだ。ネットにつながればまだ時間もつぶせる。しかし、今はつながらない。とうとう我慢できず、一人で街へ繰り出したというわけだ。

 で、いざ外出してみたものの、この王都にきて既に2カ月の俺には、とくに真新しいものもない。

 日本であれば、ゲームセンターで暇をつぶしているところだ。

 それなら雪化粧された、街の風景でも撮影すればいい。と、思うだろうけど、そんなのとっくに終えている。

 さっき露天で買った雪うさぎの串焼きは、寒い外で食べれば美味しく感じたが、ご飯に合うかと聞かれれば、首をかしげざるをえない。


「はぁ、帰るか」


 真っ昼間から営業している酒場の前で、俺はきびすをかえす。


「ええ、そうなんですよ。税率が2割。しかも人頭税はタダ。それになんといっても、誰でも土地を購入できるんでさ」


 もう何度目だろ。先日、下火になった噂話を今日はよく聞くな。これで3度目だぞ。ここの人たちも、よほど暇なんだな。

 そう思いながらも、酒場をチラ見する。

 一人は酒が入って、火照った体を冷やすために、毛皮を脱いでいる者。もう一人は、分厚い皮のジャケットを着込み、毛皮のパンツを履いてる者。この時期の、この辺では一般的な服装の男たちだ。

 何気なく視線を落とし、足元を眺め、さぁ、戻ろう。そう思ったとき、妙な違和感に気づく。それは本当にささいなことだった。

 ゆっくり歩き出し、違和感の正体を考える。


「なんだろ、この感じ。服装は冒険者が狩りに行くときの格好だし。んー」


 足元?

 あっ、皮のブーツだ。

 なるほどね。そっか。って、そんなわけあるかぁぁぁぁぁ!

 有り得ないだろ。この国で一般的に作られているブーツは、皮を切り取り、魔物の毛を使って、丁寧に縫い込んだものが一般的だ。そして、必ず付いているのが、紐だ。歩いた時に、簡単には脱げないように、靴には必ず靴紐がある。それが、さっきの男の靴にはなかった。マジックバンドで止められていた。

 はぁ、これで胸のつかえが取れた。すっきり。とはいかず、俺は引き返す。

 もしかしたら、俺が知らない技法で作られた靴の可能性もある。

 でも、この時は何かが引っかかったんだ。

 急ぎ足で酒場に戻ると、すでに薄着の男しかいない。

 俺は来た方角と逆のほうへ歩き出した。

 一つ目の曲がり角で、前方にはいない。左を向いたら、あっ、いたっ。

 男は酒を飲んでいるにしては、しっかりとした足取りで進んでいく。

 そして違和感の元である靴を見る。


「――えっ。靴跡」


 雪の上を歩けば当然、靴跡は残る。でもその男の靴跡は、あまりにも特徴的だった。

 この世界の靴底は基本、ゴムなど使っていない。雪深い場所を歩くときには、藁を巻くのが一般的だから、靴跡も当然、藁の跡が残る。

 だが、その男の靴跡は――幾何学模様に近かった。

 こんなのは有り得ない。この世界にも、確かに似た彫刻はある。

 100パーセントないとはいい切れないけど、金持ちしかありえない。しかも、侯爵以上の。


「ますます、怪しくなってきたな」


 俺はチョットした探偵気分だった。もしこれで、間違いだったとしても、それはそれでいい。暇つぶしにはなる。そんな浮かれた気持ちだったのが悪かったのか。

 男は先の路地裏で、2人の男と合流した。そして――。


「おい、付けられてるぞ」


 仲間と思われる男が、俺の標的に告げた。途端に、チッ、と舌打ちして振り返った。その手には、黒光りする銃が握られていて、銃口は俺に向けられた。

 ダン、ダン、ダン。一発目は俺の頭を狙ったもので、膨らんだ俺の天然パーマをかする。二発目は、俺の腕に、三発目は足に当たる。


「行くぞ」


 男たちは、俺の生死に興味はなさそうで、裏通りを駆けていった。


「痛ぇぇぇぇぇぇ。なんだ。あいつら――」


 足もとは、流れ出た俺の血で染まる。


「うわぁぁ、くそっ、くそっ」


 靴跡に気づいた時から、こうなる可能性だって予想できたじゃないか。

 この世界で火薬は見たことがなかった。だから、王城で暴れた時にも、負けるとも思っていなかった。絶対、俺の魔法に敵はいないと。奢ってた。

 悔しくて、惨めで、俺は壁板をなぐる。そして腕をめくり患部を見る。幸いにも弾は貫通しているみたいだ。吐息をもらし、次に、足を見る。


「くそっ、足は貫通してねぇのか」


 俺は、下級水流砲ワーダードレインを思い浮かべる。あれだ、キグナスの兄貴の仇、アイザックに使った魔法。できるだけ細く。弾を打ち付けるように。

 指先で銃の形を作り、銃痕の部分に狙いを定める。はぁ、はぁ、失敗すれば足がふっ飛ぶ。ぞわっと、寒気に襲われる。わずかに指先が震える。

 意を決して俺は詠唱する。


下級水流砲ワーダードレイン!」


 指先に集まった青い光は、爪の先で収束される。次の瞬間――音もなくそれは発射された。細く勢いのあるレーザー、もとい水流が俺の足をいぬく。


「ぐあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁー」


 強烈な苦痛が、脳を痛めつける。

 銃がえぐった穴よりも、ひと回り太い穴があく。だがおかげで、股に残った弾丸は、押し出すことはできた。

 俺は急いで下級回復魔法フェイルスを詠唱する。手加減なしの全力の魔力で。


「うえっ、おえぇぇぇぇぇぇぇー」


 負傷した箇所を過度なマナで上書きしたせいで、気分が悪くなる。


「はぁ、はぁ、はぁ、治ったか、な」


 俺は完治していることを確認すると、自分の血で汚れた雪の上に、どかっと腰を下ろす。タバコを吸い過ぎた後に、全力疾走した時のように、気持ち悪い。

 運動したわけでもないのに、息切れがする。

 どれだけその場にいたのか。脈も落ち着いた。気分も元通りだ。


「よしっ、あいつらぜってぇ許さねぇ」


 俺は、3人が逃げた方向へと歩き出す。


「なぁに、この雪だ。お尻隠してなんとかってな」


 頭隠してである。剛人がここに居たら、きっとそう突っ込んだことだろう。

 幸いにも、ちゃんと靴跡は残っている。へっ、うまく逃げたつもりだろうけど、残念だったな。今度はこっちの番だぜ。おっと、その前に結界張らねぇとな。ついでに、こいつもだ。

 俺は下級結界魔法ガーダルと、下級光学迷彩魔法オプトフラージュを自分にかけた。


「これで完璧だぜ。一目瞭然ってな!」


 一網打尽である。


 幾何学模様の足跡は市壁へと続いている。俺はそれを頼りに歩き続けた。

 誰もいない場所に、雪を踏みしめる音と、靴跡だけが残っていく。


「そろそろかな」


 この先は行き止まりのはず。追いついた。と、思って進んだ先には、誰もいなかった。足跡は、市壁にそって高く積まれた雪の中に消えていた。


「はぁ? そんなばかなっ」


 慌てて、突きあたりまで走る。

 そこには雪かきで捨てた雪が、市壁にそって積まれていて、穴が開けられていた。かまくら状になっている奥は、市壁があるはず。なのだが……。


「市壁に穴あいてんじゃん!」


 人が匍匐前進しないと通れない、小さな穴。


「何やってんだ。アイツら」


 俺もかまくらに入り、市壁の穴へ潜り込む。穴の先には、雪の中にトンネルがあり、まっ直ぐに伸びていた。ひと一人なら通れそうだ。尚も、先へ進む。トンネルの中は先へ進むにつれ広くなっていく。二人くらいなら並んで通れそうだ。

 ずんずん進んだ先に、スキー板で擦った跡があった。

 ちっ。逃げられたか。これがどこまで続いているのかは分からない。下級飛行魔法フライで、いったん上空へあがって捜索したとしても、雪の中に作られたトンネルだ。上空からでは分からないだろう。そう思った俺は、来た道を引き返した。


「市壁の穴の件は、侯爵にでも報告すればいいか。それにしてもこんな手の込んだ事するって何ものだ?」


 追っている時は、時間が長く感じたものだが、帰りは早い。

 侯爵邸へと戻った俺を迎えたのは。


「タケさん、おかえりなさ――えっ、それどうしたんですか! 今、お医者さんを」


 麗華さんは、俺の穴だらけ、血まみれの服をみて取り乱した。


「いやいや、大丈夫。もう魔法で治してるから」


「にしても――どうされたんですか? 誰に――」


 誰に……か。それは俺が聞きたい。この世界にないと思った銃。それにあの足跡。だいたい見当は付いてるけどさ。麗華さんには何ていえばいいのか。


「うーん、誰に、良くわからない人? かな?」


「そんな訳ないじゃないですか! 短い期間でも一緒に居て、タケさんの強さは分かっているつもりです。私」


「うん、心配してくれるのは嬉しいんだけど、本当に分からないんだ。不審者を見つけて、跡を付けてたらいきなりだったんで……」


「いきなりって、全く知らない人ににそんな事――」


 あぁ、驚かせちゃったよね。焦って心配そうな顔もかわいいね。そんな事、口が裂けても言えないけど。でも、なんとかやり過ごせたかな。


「ウソですね。タケ様、何を隠されてるんです?」


 ちっ、このまま黙ってれば隠せたものを。サラフィナめ。

 サラフィナの登場により、麗華さんも疑念のこもった視線で俺をみる。

 うーん、正直に言った方がいいかな。でも先に、侯爵に話すのが筋のような。


「とりあえず、侯爵様に報告してから、後で必ず説明するから。ねっ」


 今は、これで納得してもらわないと。もしかしたら、俺が知らないだけで、あの靴も、銃もこの世界に存在するかもしれない。ちゃんと確認しとかないと。それで、侯爵が知らなければ――確定だな。

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